二人の年越し〜一年目〜

*堂郁(郁入隊一年目)

大晦日小話です。

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「ただーいまー、……そっか柴崎いないんだ」

図書隊に入隊して一年目の大晦日、業務を終えて自室の部屋を開けた郁は、返事してくれるはずの柴崎が帰省していないのにも関わらず、いつも通りの挨拶を言ってしまい、少し空しい気持ちになる。

防衛部は年末年始も交代で警備があるとは言え、出来るだけ各自の希望を尊重してシフトを組む為、都内で実家が近い三人と郊外ではあるが実家に帰らない郁の堂上班は当然年末年始のシフトに回される事となった。

郁としては実家に帰らない口実ができるのは非常にありがたいが、業務部のほぼ全員と防衛部の半数以上が帰省して静まり返った寮を歩くと、やはり寂しさをひしひしと感じる。

「一人でご飯食べるの、やだなぁ……」

もう癖になっているのか、一人きりの部屋でもつい考えた事を声に出してしまう。

兄弟四人の大家族、家を出てからもずっと寮生活で一人きりの食事は慣れておらず、気が滅入る。
しかし、明日も警備がある。襲撃の情報は入っていないものの空腹で倒れるなど言語道断だ。

部屋着に着替え、なんとなく重い足取りで食堂へと向かった。



食堂の扉をくぐると、ほとんど口も利いたことのないような防衛部員が数名。その他に知った顔はない。せめて手塚でもいないかと思ったが、とっとと食べて戻ったのか部屋で軽く済ませたのか、姿は見えなかった。

しょうがない、一人で食べるか、と軽く溜息をつくと後ろから声をかけられた。

「何ボサっと突っ立ってんだ、笠原」
「えっ……あ、堂上教官……も食事ですか」

振り向くと仏頂面の上官がわずかに郁を見上げ、立っていた。

「当たり前だろ、他に何しに食堂に来るって言うんだ」
「いや、まぁ……そうなんですけどっ」

いきなり現れた堂上に動揺して自分でも不自然な質問だと思った所をしっかり突っ込まれてついむくれる。

――何もそんないちいち指摘しなくてもいいじゃないのよ。

「大晦日にお一人なんですか」
「お互い様だろ、小牧は実家に帰って飯食うってんでな」

精一杯の嫌味を返したつもりがしっかり自分にも跳ね返ってきた。

「柴崎も他の同期もたいがい実家に帰っちゃってるんだからしょうがないじゃないですか」

郁の家の事情を知っている堂上としてはお前も帰れば良かったじゃないかなどとは言えないのだろう、小さくそうかと呟いただけだった。

「一人なら一緒に食うか、定食くらいなら奢ってやる」
「え、そんないいですよ」

郁は奢って貰わなくてもいいと言うつもりだったのだが、堂上は一緒に食べる事への辞意と取ったのか、「まあ、鬼上官とじゃ落ち着いて食えんだろうからな」と言って、立ち去ろうとしたので、慌てて引き止める。

「違うんですっ、奢って貰うってのは何だか申し訳なくて……あたしも一人で食べるのはちょっと寂しいなーって思ってたんで。お金は出しますからっ」
「食堂の飯くらいたいした額じゃない、気にするな。お前には缶ジュースくらいしか奢ってやった事なかったからな、日ごろの労いだと思ってありがたく食っとけ」

そう言われるとそれ以上拒否する理由もなく、郁はありがたく堂上に御馳走になることにした。

メニューは大晦日だからか蕎麦のついた定食があり、せっかくだからと二人ともそちらを選ぶ。
ガラガラのテーブルに適当に場所を決めて向かい合って座った。

「年越し蕎麦なんて食べられると思ってなかったから何か嬉しいです」
「そうか、それは良かったな。毎年たいがい大晦日には蕎麦がついてるぞ」
「じゃあ毎年大晦日にシフト希望出そうかなー、なんて」

蕎麦がなくても毎年そうするつもりでいたのだが、堂上は眉間に皺を寄せて郁を見上げる。

「お前、毎年帰らないつもりなのか」
「仕事だったらしょうがないじゃないですか」

あまり重い雰囲気にしたくなくてさらっとチャラけた調子で返して蕎麦をすする。

「シフトのせいにするなら来年は無理やり班ごと休みねじ込んでやるぞ」
「うっ……それは……」

流石に仕事もないのにずっと寮に居座っているのもかなり侘しいものがある。
実家に帰りたくなくて言っているのは堂上にはバレバレだろう、郁はあっさり白状することにした。

「すいません、やっぱりまだ実家には帰る気になれなくて」
「そうか、まあその辺はゆっくり考えろ、そのうち事態が良い方向に変わるかも知れんしな」

最後の台詞の意味する所は良く分からなかったが、堂上はそれ以上追求するつもりがなさそうなので、郁は内心ほっと息をついた。

その後は雑談をしつつずるずる蕎麦をすすり、食べ終わって食器を返し奢ってもらった礼を言い、年始の行事などの話をしながら共用スペースまで戻ってきてまた改めて礼を言う。

「教官、お蕎麦ごちそう様でした」
「あぁ、あんなもんで良けりゃまた奢ってやる」
「いや、そんな訳には……もう今年は、終わりですね」

もう今年は、教官に会うことないですね、と言いかけて何かそれじゃ会えないのが寂しいみたいだ、と思い心の中で訂正する。

「そうだな、後数時間だ」
「堂上教官、良いお年を」
「あぁ、笠原も。良いお年を」


そう言葉を交わして互いの部屋へと分かれたが、その後風呂場の入り口で再びばったり会って微妙に気まずい思いをするのは数十分後の話――。

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終わりです。

全然甘くないですね。でも一年目の二人ならこんな距離感なのかな…と。