二人の年越し〜二年目〜

*堂郁(郁入隊二年目)

年越し小話その二

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今年も実家には帰らずに年末年始のシフトを希望し、ありがたくもその通りになった郁は、大晦日の夜、柴崎のいない部屋に一人きりでなかなか寝付けずゴロゴロしていた。

今年は同期の中で帰省しない者が何人かいたので、一人寂しく夕食と言う事態は免れたが、去年たまたま居合わせ、年越し蕎麦を奢ってくれた堂上はどうしているかとこっそり食堂を見渡すと小牧ら数人で食事を取っており、何故かほっとしたような、寂しいような複雑な気持ちになっていた。

お決まりの夜通しやっているテレビ番組をつけてぼんやり眺めてはいるが、何だかあまり頭に入ってこない。

実家にいた頃は目が冴えて眠れず兄達と騒いで母親によく叱られたのに、などとあまり思い出したくない方向へ思考が傾きそうになったので、気分を変えようと部屋を出て共用スペースへ向かった。



とっくに消灯時間を過ぎた薄暗い共用スペースにはこちらに背を向けて座る人影が一つ、誰かと訝しがるまでもない、数ヶ月前に王子様卒業宣言をした相手、かつその王子様本人である現在の郁の上官だというのにすぐに気付き、心臓が跳ねる。

――何でこんな時にこんなとこで。

王子様から卒業します!と宣言はしたものの、いきなり憧れの王子様と堂上が同一人物だと知らされ、しかもその二人を混同せず分けて考えろなどと郁の脳みそですぐに処理できるしろものではない。

日常の業務では気合いを入れて何とか普通に振る舞ってはいるものの、こんな所で心の準備もなくいきなり堂上に遭遇しては、どうしたものかと思考が追い付かず、固まってしまう。

「笠原か、どうした」
「えっいや……えっと、喉が渇いて」

フリーズしたまま声すらかけられなかった郁に気配で気付いたのか、堂上が肩越しに振り返って尋ねる。

喉が渇いたと言ったくせにそこから動かない郁を訝しがりながら、堂上は立ち上がって手近な自販機に小銭を入れ、ポカリでいいかと聞きボタンを押してくれる。

「あ、ありがとうございます」

うっかりすると右手と右足が同時に出そうなくらい緊張していたのを、どうにか礼を言って差し出されたペットボトルをぎこちなく受け取ったが、堂上の隣に座る事はとてもできずに郁は向かいの長椅子に腰を下ろした。

静まり返った女子寮と違い、男子寮は防衛部が多いせいか、残っているものもそれなりにいて、堂上は小牧らと部屋で飲んでいた所だったようだ。
ちょっと酔い醒ましに出てきたと言いながら堂上が手にしているのは缶ビールなのだが、ほぼ下戸の郁にはその感覚が理解不能だ。

「そ、そういえば去年は教官に年越し蕎麦を御馳走して頂いたんでしたね」
「あぁ、そういやそうだったな」

勢い余ってキャップを握り潰しそうになりながら何とか蓋を開け、一口飲み下す。

「今年は一人じゃなくて良かったな」
「同期が何人か残ってましたから」

何か話題を何か話題をと脳みそを振り絞って出てきたのがちょうど一年前の話で、堂上が覚えていた事にまた心拍数が上がる。

――いや、堂上教官は一人のあたしを不憫に思っただけだから!奢ってくれたのも単に部下に対する労いだし!

気を抜くと思考が乙女方向に滑りがちになるのを引き止め、平時の声を絞り出す。

「今年は御馳走して頂けなくて残念です」
「そうか、あんなもんで良けりゃいつでも奢ってやる」

去年もそう言われたが、いつも人でごった返す食堂で二人きりになる機会などあるはずもなく、結局実現しないままだ。

「あ、ありがとうございますっ」
「せいぜい業務に励め、そしたらもっといいもん奢ってやる」

「えっじゃあ焼肉定食にご飯大盛りとかでもいいんですか?」
「アホかお前、食堂から離れろ」

上ずる声を軽口でごまかしたつもりが、焼肉定食だのご飯大盛りだの年頃の女子から最も遠いキーワードを並べてしまい、へこんだ所に最後の堂上の一言が降ってきた。

――食堂から離れろって二人でどっかご飯食べに行くって事?それって……いやいや慰労!ただの上官から部下への労い!それ以外の意味とかないし!

暴走する思考回路を制御するのに郁が必死になる間に話はたわいもない雑談へと移っていった。
しばらく話をするも、堂上には申し訳ないが右から左に抜けていく状態だ。

どれくらい話していたのだろう、こんな時間か、もう戻れと堂上に言われ、今年最後だから挨拶をとまっすぐ堂上に向き直ると、同じようにまっすぐ見つめられて顔が熱くなるのが自分でも分かった。

――やだ、そんな目で見ないでーって当たり前でしょっ、挨拶くらいちゃんとやれ、笠原郁!

「そっそれではどど堂上教官っ、よよ、よいお年をっ」

自分に喝を入れどうにか搾り出したものの、つっかえまくりでさらっと言えた去年が嘘のようだ。
これ以上は堪えられないと堂上の返事を聞いて部屋にUターンするつもりだが、その返事がなかなか来ない。

いいだけ動揺してさすがに不審がられたかと下げた頭を戻すと、微笑んだ堂上と目が合った。

「残念ながらもう、明けましておめでとう、だな」
「えっ十二時回っちゃったんですか」

郁の背後に掛けてある時計を見上げて堂上が言う。

「あぁ、今十二時五分くらいだ」

どうやら知らないうちに年を越してしまったらしい。

「カウントダウンとかしたかったんじゃないのか、残念だったな」

確かにカウントダウンはあの番組を見ようなどと考えてはいたが、もうどうでも良かった。

――じゃあ堂上教官と二人で年越ししたんだ。

気付かなかったとは言え、年の変わり目を一緒に過ごした事は事実。しかも二人きりだ。
そう思う事が堂上へのどんな気持ちを示唆するのかまでは考えが及ばなかった。

「あたしは堂上教官と年越しできて良かったです。知らない間に日付変わっちゃったけど」
「……そうか。俺も良かった。こんなところで洒落たもんは何もないがな」

ふと思いついて乾杯よろしくペットボトルを目の高さに上げてみせると、堂上も同じように缶ビールを掲げた。
アルミ缶とペットボトルがぶつかったペコッという間の抜けた音に二人で目を合わせて吹き出す。

ビールを煽る堂上の頬が微かに赤いのは気のせいだろうか。

男子寮では年越しの宴会が繰り広げられているのか、時折大きな嬌声が微かに聞こえてくる。

それとは対照的にここでは堂上と郁の二人きり、薄暗い空間に流れる静謐な空気がまるで特別な時間を二人で共有しているかのような気を起こさせる。

「明けましておめでとうございます、堂上教官」
「あぁ、明けましておめでとう」

今度は落ち着いてすらりと背筋を伸ばし、郁は頭を静かに下げた。
その上から堂上の温かくてよく通る声が降ってくる。

――この声。この声に命令されればあたしはどこまでも走れる。

今顔を上げたら平然を装える自信がなくて、礼をしたまま続ける。

「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくな」

遅いんだから気をつけて戻れと堂上に言われ、はいっとスタートダッシュを切りかけた郁は、「廊下は走るな」と新年最初の小言をくらったのだった。

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終わりです。

一年目と違って郁はドキドキしてるけど堂上は至って普通(のように郁には見える)感じですかねぇ。上手く出せてますでしょうか……