オトメ奮戦記―前編―

*堂郁(婚約中)

頑張ったバレンタインの話です。

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正月のスペシャル番組が一段落し、次々とスタートした連続ドラマの有り得ない展開に逐一茶々を入れるという柴崎の楽しみは、隣からしきりに聞こえるぶつぶつと呟く声、うーやらあーやらの呻き声、ごくたまに机に頭を打ち付ける音などに依ってまさに破壊されようとしていた。

「悶えるならもうちょっと静かにしてよ」と何度目のやり直しになるのか、編みかけのマフラーから毛糸を引っ張ってほどいている郁を横目で睨みつけ、視線をテレビに戻す。

柴崎としては郁から申し出があるまではその事案について口は出さないつもりで、ずっと我関せずを決め込んでいたが、正直ここまで酷い事になるとは想定していなかった。

――手先は器用なはずなのに何でここまでボロボロになるのかしらねぇ。

柴崎の見立てでは郁に編み物はそこそこ向いているはずだ。手先を使うし、リズム良く単純作業を繰り返していくだなのだからむしろうってつけと言えるかもしれない。

それなのにこの惨憺たる状況、原因はおそらく、まだ基本的なところをマスターしていない上に、女の子らしい事が苦手と言う意識が強く、力が入り過ぎている為か。

――まぁ、そろそろ泣きが入る頃かしらね。

報酬は何にしよう、ケーキかランチか、いや呑みもありかと奮闘する郁を横目に柴崎はこっそり見積もりを始めた。



夕食を取って部屋に戻るなり、郁がいそいそと毛糸と編み棒を取り出したのは一週間ほど前だった。
堂上と付き合って二度目のバレンタイン、来春には二人は結婚するから恋人としては最後になるだろう。

それでチョコ以外にもプレゼントをあげたいと思ったのかどうかは知らないが、図書館で初心者向けの本を借りてきたのはいいものの、信じられないことに一段目で三日を消費してしまった。

傍目にも危なっかしい手つきは先行きがかなり不安に思われたが、料理と違ってケガをするものでもないし、郁自身も多少手間取ることを見越してこの時期から始めたのだろうと、柴崎はしばらく傍観を決め込んでいたのだった。



柴崎に注意されてしばらく黙って一人毛糸玉と格闘していた郁がすり寄ってきて隣に正座する。

「あのー、つかぬ事を伺いますが……」
「なによ」
「……柴崎って編み物もできるの?」

やっと来たかとばかりに郁の方を向いてにっこり微笑んでやった。

「まあね、複雑なのじゃなきゃそれなりに」
「教えて……下さいっ」

すがりついてきた郁は自分よりはるかに体格がいいはずなのに縮こまって小さく見える。そのかわいらしさに免じて報酬はランチにおまけしてやる事にした。

「編み物って三次元的に動さなきゃならないから本を見ても分かりにくいのよねぇー。始めっからできる人に教えて貰えば良かったのに」

肝心のチョコは去年と同じく料理部のイベントで作るはずだ。
その中には編み物が上手い先輩がいるし、編める程度なら同期にだってたくさんいる。

「……だって内緒でプレゼントしたかったんだもん」
「あー、そういうことね」

顔を赤らめて更に縮こまる郁に柴崎は思わず吹き出してしまう。

料理部の先輩に頼めば付きっきりで教えてくれるだろうが、先輩の性格からしてイベント化してしまいそうだ。他の人間に頼んだところでどこから話が漏れるかわからない。

メインであるチョコの出所がバレバレである以上、こちらは隠しておいて驚かせたいという相変わらずの乙女思考だ。

「とりあえずその糸はもう使うのやめた方がいいわよ。何回もやり直してボロボロじゃない」

柴崎が見た限り四、五回はほどいている。これでは毛糸が細くなって編み目が揃わない。

「余分に買ってあるんでしょ?すっごい量だものね」
「うん……お店の人に後で買い足すと色が違うかも知れないって言われて」

そう言って郁がコタツの上に並べた毛糸の山はとてもマフラーに使う量ではなかった。自分の不器用さを考慮して多めに買っていたのだろうが、いきさつを聞いていなければセーターでも編む気かと思ったに違いない。

「じゃあロットとかもチェックしてあるのね……って違うじゃないコレ」
「……ロットって?」

柴崎が同じ色の毛糸を二玉手に取って表示を確認するとしっかり違うロット番号が書かれていた。

「ロットでも若干色が違うのよ。まぁマフラーならそこまで気にする事ないけど」

そう言いつつ柴崎はチェックして手際よく毛糸を分けていく。
これは郁の迂闊と言うより店員のミスだろう。色の話をするならロットの事も言わないと意味がない。

同じロットで揃えた紺と白の毛糸を必要な個数より多めに取り分けておき、残った方から一玉を手に取り糸を引き出す。

「多分半分以上余るだろうから同じロットでできそうね。残りのは使うわよ、見ながら同じようにやるのが一番だろうし」
「う、うん。分かった」

郁が慌てて編み棒と新しい毛糸玉を掴み、柴崎の隣に座る。

一段目の作り方から始めたが、ここは一人でも何とかクリアしていた所なのでそこまで手こずらず、郁は内心ほっとした。



「ねぇ笠原」
「んー何?」

ぎこちないながらも一目一目編み進める手元をチェックしながら柴崎は郁に聞いた。

「だいたい想像はつくんだけど、何で編み棒も二セットあるの?」
「えっと……力入れ過ぎて折っちゃった時用と、もしダメだったら柴崎に教えて貰おうと思って」
「……おおかた予想通りだったけど、あんたの中では自力で編めないよりも編み棒折る方が確率高かったのね」

予測の順序は外れたものの、どっちにしろ妙齢の女子としてはあるまじき事だと思ったのか、郁は小さくはうるさいなーと呟いただけだった。



慣れてくれば元々手先の器用な郁のことだ、それなりに順調に進んでいく。
もう柴崎が隣に付きっきりで教える必要はなく、時たま編み目をチェックする程度だった。

とは言ってもやはり柴崎の方が速いのは当然で、三分の二程編み終えたところで郁が追い付くまで止め、傍らで郁がダメにした毛糸を使い何やら針を動かしている。

何を作っているのかと何度郁が聞いても内緒と取り付く島もない。二言目には「口動かす暇あったら手を動かす!」と来るので、終業後のフリータイムをほとんど付き合わせている身としてはそれ以上何も言えなかったのだった。



かくしてバレンタイン当日――

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