オトメ奮戦記―中編―

*堂郁(婚約中)

婚約中の郁ちゃん&堂上教官のバレンタイン話中編です。

未読の方は前編からどうぞ。

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かくしてバレンタイン当日――


柴崎が自室のドアを開けると、早々と夕食と風呂を済ませて先に戻っていた郁が携帯を握りしめて床に転がっていた。

「……あっきれたぁ。あんたまだ連絡してないの?堂上教官かわいそー……」
「うぅーだってぇー……」

目の前に仁王立ちした柴崎に見下ろされ、郁は手元の携帯に視線を落とす。
文面はできているのだ、文面は。後は送信ボタンを押すだけ。
その押すだけの状態で固まること数十分、柴崎が呆れるのも無理はない。

「ねぇ、教官何て言うと思う?」
「知りたきゃさっさと送信しなさいよ。あんたがしないんなら、あたしが教官に『笠原はとーっくにメシも風呂も済ませてるのにまだ連絡するのが怖いみたいですー』ってメールするわよ」

そう冷たく言い放たれ郁は慄く。
この女は本当にやる。
しかもこうやってうじうじしている様子を殊更に誇張して伝えられるのは間違いない。

それならば自分でメールした方がずっとマシだと郁は恐る恐るボタンを押した。



遡ること数時間前、終業時間を迎えた特殊部隊の事務室は早々に人がいなくなっていた。
相手のいるものは約束だと言って姿を消し、いないものはやけ酒だと言ってこれまた姿を消した。

残っているのはいつものように日報に手こずっている郁と、郁待ちで帰れない堂上のみだ。

まだ半分程しか埋まっていない紙面を睨み付けても勝手に隙間が減ってくれるはずもなく、四苦八苦しながら手を動かす。
しかも今日は別の懸念事項で心臓がずっとドキドキしており、尚更時間がかかる。

――堂上は何て言うだろう、喜んでくれるだろうか。趣味に合わなかったらどうしよう、喜んでくれたとしても出来が悪すぎて着けられないとか……いやソレ充分有り得るし!

そんな事を考えていると気持ちがくじけ出し、やっぱりチョコだけにしようかなどと肩を落としていると、「急がんでいいぞ、郁」など半分プライベートモードで声をかけられ、動揺に拍車がかかる。

どうしよう、でもせっかく編んだのに。
出来栄えも自分ではそこそこだと思うが、胸を張れる程の自信はない。

――大丈夫、柴崎もいい出来だって言ってくれたもんね。

何とか書き上げた日報を渡し、堂上がそれをチェックしている間にバッグに忍ばせて置いたプレゼントを確認する。

綺麗にラッピングした二つの袋を両手で掴み出し、「よし、上がっていいぞ」と、振り返った堂上の鼻先に突き付けた。


「あああのコレっ、受け取って下さいっ」
「―……あぁ、ありがとう」

目の前に突如現れた物体に反射的に身を引いた堂上が、姿勢を正し、郁から包みを受け取る。

「今年はチョコ以外にもあるんだな」

――いやっ、その顔反則ーーー!!!

特殊部隊の事務室でこんな堂上の顔を見るとは思わなかった。目尻を下げたその顔は郁の自惚れでなければ、嬉しくてやに下がった顔だ。
デート中でも滅多に見ることのない表情を、郁はまともに正視することができない。

微妙に目をそらしながら先に小さい包みを指し、「チョコは去年と同じく、料理部の先輩のお墨付きですから」と言い置いて「そっちは――」と続けようとしたが、堂上の「開けていいか?」の言葉に硬直した。

はにかんだ堂上と目が合ってー……やられた。もう駄目だ。


――マフラーなんです、編物なんて初めてであんまり上手くないですけど、なんて言って堂上の首に巻いてあげたりして、などと考えていたのが全部吹っ飛んだ。

「や、やっぱり部屋で開けて下さい」とだけ言い、堂上が呼び止めるのも聞かずに走って帰ってきたのだった。



――だってだって開けた瞬間がっかりした顔に変わったり、困った顔なんかされたりしたら……そんなの耐えられないし!

一人思い悩んで部屋に戻った頃に「メシと風呂済んだら連絡くれ」と簡素なメールが堂上から入り、柴崎に簡潔に事情を説明して先に急いで用事を済ませたものの、悪い予想を拭い切れず散々悩んでいたのだった。



今日一日の惨憺たる自分の行動を振り返ってさらに落ち込んでいる最中に折り返しのメールが届く。
『共用ロビーで待ってる』

――来ちゃった。どうしよう……

コタツに突っ伏した郁を見て、愛しい堂上からのお誘いだというのにこの肩の落としよう、またとんでもない方向に思考が飛んだかと柴崎はこれみよがしに溜息をついた。

――全く笠原も笠原だけど、堂上教官の朴念仁っぷりもたいがいよね。

どうせ堂上に会えば全て解決するのだからと敢えて何も教えず郁を追い出した柴崎だった。

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後編に続きます。