嬉しいけれど

*堂郁(夫婦)

ホワイトデー話です。

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「あんたそろそろ帰らなくていいの?ダンナ様のあっつーーいお返しが待ってるんでしょ?」
「あっつーーいって!普通にご飯作ってくれるだけだってば。……でもホント、もうこんな時間だ」

柴崎の言葉に郁は紅茶のカップを取り落としそうになり、辛うじてテーブルに着地させてから、二人で同居していた頃から同じ場所にある部屋の時計に目をやった。

いそいそと帰り支度を整え「じゃあ帰るね」と申し訳なさそうに立ち上がった郁に、柴崎は早く行けと言わんばかりにひらひらと手を振る。

郁の姿が慣れ親しんだ自室のドアの向こうに消えてから、柴崎は携帯を開きメール作成画面を立ち上げた。


たまたまホワイトデーに堂上班と柴崎の公休日が重なったその日、郁が柴崎の、かつては郁のでもあった部屋に転がり込んできた。

何でもバレンタインに料理を頑張った郁へのお返しに、堂上が夕食を作る為、キッチン及びダイニングが立入禁止になり居場所がなくて出てきたのだという。

「まーそれはそれは。ごちそうさまだこと」

郁は愚痴を言っているつもりなのだろうが、柴崎からすれば惚気以外の何物でもない。
事の次第を聞き出してからかいつつ惚気にあてられるといういつものパターンを繰り返しているうちに立入禁止解除の時間になったのだった。

そんな先程までのやり取りを思い出しながら、柴崎は折り返し受信したメールにさっと目を通し、部屋着から外へ出られる服に着替え始めた。



あくる日、飛び込んで来た情報に耳を疑い、疑惑を解明すべく郁をランチに呼び出した柴崎だったが、どこかほっとしたような郁の表情に一緒に昼食を取るのもはばかられるのかと次は自分の目を疑った。

朝の特殊部隊事務室ではバレンタインには及ばないものの、それなりのドラマを終えた様子の隊員達がそこかしこに見られた。
その中でも堂上班は特に異様なムードを醸し出していたそうだ。

晴れやかな笑顔の小牧と苦虫をかみつぶした堂上。
そして気まずそうな顔のもう一人の堂上。

「で、どうだったの?」

事前の情報が無ければ、熱い夜を過ごしすぎてお疲れなのかと下世話な冗談を飛ばすところだが、もう一人の堂上、すなわち目の前の郁はとてもそんな風に見えなかった。

「堂上教官の腕によりをかけたディナーだったんでしょ?まさか味がイマイチだったとか?」

何でも器用で凝り性の堂上のことだ、イベントの時に限って失敗するとは思えないが、一応当たり障りのない所から柴崎は攻めてみた。

「すっごくおいしかった。しかもあたしの好きなものばっかり」
「いいじゃない」

そう、郁の好きなものばかり、いつもならバランスを考え郁の苦手なものもさりげなく混ぜてくる堂上だが、昨日は和洋中もごちゃまぜでこれでもかと言う程大好物ばかりを取り揃えていた。

「デザートはレストランのコースで出てくるみたいなプレート盛り合わせで」

郁の話が進むに連れ、柴崎はさらに混乱してゆく。
どこをどう聞いてもいつもの惚気話にしか聞こえない。

「じゃあ何であんたはそんな微妙な顔してるワケ」

焦れてズバリ核心を突いた柴崎に郁は「うっ……」と黙り込み、視線をうろうろとさまよわせてから、顔を上げ口を開いた。

「どれもすっごく美味しくて見た目もキレイで…凄すぎてバレンタインにあたしが作ったチョコケーキとは雲泥の差……」
「あー……それはそれは」

わからなくはないけどねぇーと複雑そうな顔で語尾を濁した柴崎の向かい側で、郁はさらに難しい顔を両手の中に沈めたのだった。

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終わりです。

やり過ぎちゃった堂上教官でした。
嬉しいけど女子としてはフクザツですよねぇ。