二人はいかにして夫婦となりしか

*堂郁(別冊1後)

二人の結婚式二次会の捏造小話です。
全体がネタバレです。

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――眩暈がした。
確か数時間前にも似たような心地を味わった気がする。

その時同様に仏頂面だけは見せまいと必死で顔を取り繕う。が、今回は上手くできているか些か自信がない。
理由は配慮すべき対象が郁の学生時代の友人のみだからではなく、この余興の仕掛人側の心的ブレーキが前回とは明らかに異なるからだ。

先ほどの披露宴なら上座の上役はともかく、両家親族が控えており、さしもの特殊部隊といえど節度を保たねばならない。
しかし参加者のほとんどが図書隊隊員、その他も新郎新婦の親しい友人でほぼ全員体育会系出身者とくれば、披露宴での軽い野次とは悪ふざけの度合は桁が違うに決まっている。

これまでに友人や先輩の結婚式二次会で目にした数々の惨事が脳裏をよぎる。
軽く痛み出したこめかみを押さえながら念仏のように心の中で唱える。

――石になれ。
郁の友人の前で取り乱す訳にはいかない。
とにかくこの場さえ穏便に乗り切れば。


式場であったホテルから近いレストランを貸し切り、その最奥部に高砂としてしつらえられたソファーに腰掛けた堂上は目まぐるしくそんな事を考えながら、隣合った郁が自分とは対照的に目を輝かせて正面のスクリーンを見つめるのをちらりと見遣る。それからすぐに視線を戻して、映像のタイトルらしき文章の後に表れた眼前のたった三行の不吉な宣告が一行ずつゆっくりと現れ、またゆっくりと溶けるように消えていくのを眺めていた。





『監督  小牧 幹久』

『脚本  柴崎 麻子』

『関東図書隊特殊部隊 PRESENTS』





画面がホワイトアウトした後、スクリーンに映し出されたのは本屋らしき場所、背の高い女子高生姿の人物が一人立っている。

『あたし、笠原郁。高校三年――』

ナレーションと共に、画面下に同様の内容が表示される。
郁の高校生時代という設定であろうか。

並べられた本の上を日に焼けた人差し指が滑っていくのをカメラもアップで追う。
一冊の本の所でその指は止まり、そっとそれを取りあげた手から腕、肩へとカメラが移動してその人物の顔が画面に大写しになった途端、会場が爆笑した。

線の細さで選ばれたであろう、堂上と小牧の次に若い特殊部隊隊員の女子高生姿。
当然一番受けているのは特殊部隊の面々だ。
小牧などは監督なのだから全て見ているくせに床に膝をついて肩を震わせている。

そんな一群を苦々しく思いながら堂上がスクリーンに視線を戻すと、郁役の男がしっかりと胸に抱き抱えたのは例の検閲対象の本で、ご丁寧に誰かが借り出してきたのか図書館の保護フィルムが貼られているのが分かる。

制服姿でレジへと向かうのを、離れた後方から撮影したシーンをぼんやりと見ながら堂上は嫌な予感がほぼ当たったのを感じていた。
若干ズレはあったがそれも悪い方へのズレだ。

おそらく、いや間違いなくこれは郁と堂上との出会いの場面を再現したものだ。

堂上の推測に答えるかのように荒々しい怒鳴り声と良化特務機関の制服のつもりだろう、似た色の服でそろえた防衛部の同期が数人、スクリーン上に登場した。

見なくともわかるあの時のやりとり、良化隊役が郁役を突き飛ばして腕の中の本をもぎ取ろうとし、あまつさえ万引きで警察に突き出すと恫喝する。

『こちらは関東図書隊だ!!』

不必要なほどエコーをかけたそのセリフが大音量で響き渡る。

その後に自らの戒めとして心に閉まってあった文言が後に続くと会場のあちらこちらから「よっ王子様」「堂上格好良いぞー」などの囃し声と口笛の音が飛び、堂上は耐え切れず目を閉じてソファの背に体重を預けた。

と、ジャケットの袖が軽く引かれ、そちらを見ると郁が心配そうに堂上を見つめている。
おおかた嫌な過去を掘り出されて不機嫌になったとでも勘違いしているのだろう。
腰に手を回し、少しだけ引き寄せて耳元で囁いてやる。

「こんな大勢の前で馴れ初めを披露されるとどんな顔していいもんだか解らんな」
「そうですね、ちょっと恥ずかしいかも」

ほっとした顔の郁に返事をする代わりにもう少し強く腰を抱き寄せた。


良化隊もどきが去った後、これまた堂上役の特殊部隊隊員が回れ右をして郁役に歩み寄っていく。
こちらは身長で選んだのか堂上の次に背の低い隊員だ。

――キャスティングは小牧か、いや、進藤三監あたりかも知らん。

堂上役が足を痛めた郁役の前で立ち止まると二人はしばらく見つめ合い、やがて堂上役の手が頭の上に乗り、そっと――撫でている。
そして郁役の隊員の声で一言、口は動いていないから胸中のセリフと言うことだろう。

『――あたしの王子様…』

「そんな事はしとらん!」
「そんな事言ってない!」

同時に立ち上がり、叫んだ二人に笑いはさらに沸き立つばかりだ。
郁の友人の手前ということを完全に失念してしまったが、気にしていないどころか逆に大ウケの様子である。
プロジェクタを操作している幹事に飛び掛かりたい気持ちをどうにか沈め、堂上は顔を真っ赤にした郁を宥めてソファに座り直した。
画面は変わり、現れた一行がこれはまだほんの序章であると堂上に告げた。




『そして再会――』



忘れもしない、忘れたくても忘れられないし、また周りが忘れさせてくれない面接の場面を経て教育隊、特殊部隊への配属と、まるで堂上におさらいをさせるかのごとく、柴崎のプロ並のナレーションとともに郁と過ごした日々をなぞっていく。

流れを追う早めのテンポの割に跳び蹴り、腕ひしぎ事件、奥多摩熊殺し事件など触れなくていいポイントはしっかり押さえてあるのも気にはなったが、それ以上に堂上が引っ掛かったのは主役の二人以外がほぼ全員が本人出演している点だ。
同期の手塚、柴崎は言うまでもなく特殊部隊の面々から玄田隊長に至るまで、――まぁ、あの隊長が出演を断るわけがないが――、面接のシーンではかなりの上役が登場していたのには肝が冷えた。
稲嶺が代役だったのにほっとしたくらいだ。

――そういえば、1ヶ月ほど前からいきなり定時に上がらされたと思いきや、その分を超える残業を押し付けられたことが何度かあったが…この撮影の為だったのか。
自分と郁のみがいない特殊部隊の事務室のシーンで結局ツケは堂上持ちだったことを深く実感した。

時折、数時間前に永遠の愛を誓った郁が座っているはずの隣からは「あぁっ!」や「うぅ…」などおよそ新婦に似つかわしくないうめき声が漏れてくる。
目の前のローテーブルが長机だったなら間違いなく突っ伏していたに違いない。画面の端にしっかりと再現されていた面接時の堂上のように。

小牧と柴崎の二人が監修している以上、細部まで細かく作り込んだ上セリフもシチュエーションもきっちり忠実に再現されている。これはかなりいたたまれない。

これなら恒例の裸踊りの方がまだマシだったか、いや自分にとってはこのVTRは恥ずかしいことこの上ないが、デリケートなエピソードは控え、それなりに美談に着地させてある。
何よりこれだけ多くの人間がこの為に時間を割いてくれたことには本当に頭が下がる。


そう堂上が気を取り直した頃には、スクリーンではもう当麻事件も佳境に入っていた。

本屋でのやり取りは割愛されており、やけに本物らしい病室で撮影された入院中のシーンへと飛んでいた。
いや、割愛ではなく当の二人しか知らないことだ、さしもの小牧や柴崎も知らなかったのだろう、隅々まで暴露された身としてはこれくらい二人だけの記憶に留めて置いても良かろうと隣の郁を見遣ると、あからさまにほっと息をついているのだが自分の感じた安堵とは何か違う。

「柴崎に喋ったのか」
「えっいや!それは!…そのぅ…」

その短い一言で通じたらしい、モゴモゴと口を動かし小さくごめんなさいと謝る。
責めたつもりはなかったが、散々葛藤させられたせいで声が尖っていたのかと郁の手をとり、今日だけの為に綺麗に飾った爪を撫でた。

「別に怒ってない。まぁいきさつだけは後で部屋で聞く」

相手はあの柴崎だ、郁が敵うとは到底思えないからほどほどにしてやろうと思いながら画面に視線を戻すと、意識した訳ではなかったが手塚の奥に立っていた柴崎と目が合う。
にっこりと整った微笑を返され堂上から視線を外してしまったのは、自身も小牧に対しては似たり寄ったりという自覚があるからなのか。


後から聞いたところでは上映時間はほんの数十分だったらしいが堂上にとっては数時間にも感じたものだった。


河岸を変え、もはやいつもの飲み会と化した三次会でこの企画が玄田の耳に入った頃から規模が段々大きくなり、特殊部隊を挙げて、関東図書基地の大半をも巻き込んだ一大プロジェクトとなったことを堂上は知ることになるが、新婚旅行から戻った後、玄田のデスクにいつもより決済待ちの書類を高く積み上げ、ささやかな意趣返しをするくらいしか堂上にはできなかったのだった。

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終わりです。

こっぱずかしい馴れ初めをご丁寧にも再現VTRで披露されちゃった二人でした。
お祭り好きのタスクフォースならやるでしょう、てかやって欲しい。
小牧柴崎コンビならもっと色々ネタはあるでしょうが、そこら辺はそれなりに自粛してるはず。