救援要請〜花火大会にて〜

*堂郁(郁入隊二年目の夏、内乱中)

花火大会に浴衣でお出かけ中にアクシデント発生です。

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「うっわーー…痛そー」

どうにかたどり着いたコンビニ前で郁は大きく息を付いた。そのままその場に座り込みたくなるが、堪えて下駄から片足をそっと抜くと、柴崎が屈み込んで郁の足先をしげしげと眺め、呟いた。
珍しく髪をアップにしているからあらわになった白いうなじに目が釘付けに……なっている場合ではない。


着慣れない浴衣に下駄、和装などほとんどしたことのない郁も柴崎に着付けて貰って、隣の市の花火大会まで二人でわざわざ出張ってきた。
図書基地近くにも花火が見えるポイントはあるものの、どうせ見るならと打ち上げ場所の真下まで足を伸ばして火の粉を浴びるほど間近で花火を堪能したまでは良かったのだが、河原を駅の方向へと向かう途中、鼻緒に擦れた足先が本格的に痛み出した。

慣れない履物だし多少は仕方ないと我慢しているうちに見る間に靴擦れは潰れ酷い惨状と化し、あっけなく柴崎に見咎められたのであった。


「これくらい大丈夫だって」
「大丈夫じゃないわよこれは」

「だっ大丈夫!…ゆっくり歩けば」
「…ゆっくりどころか駅までも歩けないでしょうが」

ぴしゃりと断言されて郁は返す言葉に詰まった。我慢強さが災いしてか隠しようのない程酷い状況になってしまっているらしい。
もしこれが逆の立場なら一歩も歩かせず郁が背負って帰るところだろう。

だが柴崎にそんなことは到底無理だし、郁一人なら這ってでも寮まで戻れるものの、それに柴崎まで付き合わせる訳にはいかない。
柴崎には一人先に帰ってもらい、自分は騙し騙しゆっくり帰るのが郁なりの最善策だが柴崎が自分で言う程冷血漢ではないことももう知っている。

「タクシー乗る?あたし出すし」
「んー、この人出じゃ捕まらないんじゃない?」

それに給料日前で金欠なんでしょーと付け足されれば郁はもう何も言えなかった。
花火終了時の満員電車状態から少しは減ったものの夜更けの住宅街ではありえない人出だ。確かにタクシーが捕まるとは思えない。

「まー限界まで我慢するのがあんたらしいっちゃらしいんだけど」

言葉を失って俯き、柴崎が提供した絆創膏を何重にも貼りまくる郁を横目に、柴崎は携帯を取り出し電話帳を呼び出した。

あまり借りを作りたい相手ではないがこの際仕方ない。最近それなりに連絡は取っているから履歴に残っているだろう。

発信履歴を数回送って発信ボタンを押した。



風呂上がりに飲むつもりだったビールが切れており、コンビニでも行くかと廊下を歩いていた時にジャージのポケットに入れていた携帯が鳴った。

「もしもし、今寮?」
「ああ、急用か?」

最近連絡を取り合うようになった同期からの夜遅くの電話に緊急事態かと訝しく思ったが、聞けばもう一人の同期かつ特殊部隊同班でもある笠原が出先で足を痛め、柴崎では不可能な為代わりに回収を、ということらしい。

確かに、あの華奢さで仮にも戦闘職種の笠原を担ぐところは想像できないが、完全にプライベートの範疇にまで出張る義理は手塚にはない。

簡潔にその旨を伝えると、電話口からは「何よ冷たいわねー、か弱い乙女が二人立ち往生してるってのに」とややむくれた口調で返って来た。

「そもそも何で俺が」

か弱いかどうかは精神的、体力的のいずれかにおいて二人とも疑問だが、柴崎の頼みとあれば喜んで参上する男はいくらでもいるだろう。

「だって下手な奴に頼んで面倒起こしたくないじゃない」
「まあ、確かにそれはそうだが」

思わず同意してからしまったと気付く。これではいつもの柴崎のペースだ。

「滅多に見られない笠原の浴衣姿が拝めるわよー」

黙った手塚に畳み掛けるつもりなのか、確かにレアではあるが、想像できないし特に見たいとも思わないと手塚が言いかけると、携帯の向こう側で「あたしは珍獣か!」と笠原の叫び声が聞こえ、柴崎の笑い声を含んだ声が続く。

「今ならもれなくあたしの浴衣姿もねー、写真は売らないでよ」
「売るか!」

反論しつつも実際のところ売れば売れるのは認めざるを得ないだろう。それもかなりの高値で。オークションにでもかければそれこそ天井知らずと言ったところか。
手塚の周りだけでも柴崎の外見で大騒ぎしている奴はそこそこいるし、彼女がいるくせに写真を買った奴だって知っている。

別に行く事が嫌な訳でもないし、たいした手間でもない。この女の口車に乗せられる事にただ反発しているだけと程なく気付いた。
その辺が頑なと言われる由縁なのだろうか。

「分かった、場所教えろ」



今いるコンビニの位置を手短に説明していると、誰かに話しけられたらしく手塚の声が途切れた。

二言三言、短く返事をして再び電話口に戻ってきた。共用スペースでかなり大きな声を出していたから何か言われたのかも知れない。少し慌てた様子で場所の確認をし、通話を切った。

「救援要請完了、と」

パチンと音を立て携帯を閉じて振り返ると郁が気まずそうに柴崎を見上げていた。

「手塚?」
「ま、そんなところよ」
「やっぱり悪いよねぇ、業務外なのに」

確かにプライベートではあるので、手塚が本当に嫌そうならさっさと諦める予定だった。そんな感じではなかったので柴崎の方でそれなりの礼をするつもりで少々ごり押ししたが、郁としては気が済まないだろう。にっこり笑って「ありがとう」で済ますタイプではない。

「ま、お礼にディナーでもご馳走して差し上げたら?」
「あたしと手塚がディナー!?有り得ない!!」
「そうかしらー?」

手塚とねぇーと、面白そうに微笑む柴崎の顔には色々と言いたそうな表情がありありと浮かんでいる。郁はそれ以上食い下がるのを止めて雑誌でも読もうと中に入る柴崎の後に続いた。





「ねぇしばさきー」
「何よ」

先のコンビニで陣取ること十数分、手元の雑誌からは目を離さずに素っ気なく返事を返す柴崎に郁はさっきから何度かした提案を繰り返した。

「やっぱちょっとでも移動しとかない?」
「ダーメ、余計酷くなるでしょ」

これも同じ返事だ。
理屈はわかるがわざわざ手塚が向かってくれているというのにこちらはじっと待っているだけ、というのも落ち着かない。

「じゃあ裸足!裸足で歩けば痛くないし!」
「ちょっと笠原本気!?」

名案を思い付いたとばかり、柴崎が止めるのも聞かずに下駄を脱ごうと郁は腰をかがめて足元に手を伸ばす。
と、後ろから奥襟を掴まれ強引に引っ張り上げられた。

「アホか貴様!化膿でもしたらどうする」
「ど、堂上教官!!」

振り向くと目の前にアップで現れたのは上官の顔、走ってきたのか軽く息を切らしている。

「どうしてこんなとこに!?」
「あら、せっかく回収に来てくれたのにそれはないんじゃない?」

目を丸くした郁とは対照的に横では柴崎がにやにやと意味ありげに笑っている。しかし、先程の電話の相手は手塚だったはずだ。

「随分早かったですね。わざわざ堂上教官に来て頂けるなんて光栄ー」
「たまたまついでがあったからな。それにコイツに何かあって明日の訓練に響いたら困る」
「たまたま、ついで、ですかぁ」

営業用スマイルの端に意味ありげなニヤつきを加えた何とも不吉な柴崎の笑顔と僅かに視線をずらす堂上を前に郁はまだ事情がよく飲み込めていない。

「か、回収って手塚じゃ!」

業を煮やし思わず大声を出した郁に堂上がゲンコツを落としかけるが、その手は直前で止まり、郁の頭の上に乗った。

「店内で喚くな、取り敢えずこっちを履け」

床に置かれたサンダルは明らかに男物で、郁が躊躇していると勘違いしたのか堂上が声のトーンを落とした。

「俺ので悪いが調達するような店が開いてなかったんでな」
「いえ、そんな別に」

堂上教官が嫌とかでは、と続けようとしたが、何だか言い訳っぽく思えて代わりに郁よりも大きめのサンダルに足を入れた。

「どうだ、ちょっとはマシか」
「あ、はい」

傷口に当たっていた鼻緒がなくなるだけで随分と痛みがなくなる。
何度か足踏みをこれなら歩けると郁がほっとしていると、堂上が郁の履いていた下駄を取り上げ、行くぞと柴崎に声をかけた。

「あ、あたしはここで回収待ちます、すれ違っても困るし」

「そうか、あんまり外うろつくなよ」
「はぁーい、雑誌でも読んでますから」

――え、待つって今度こそ手塚?てか結局何で堂上教官が来たのかさっぱり分かってないんだけど。

怪訝な顔の郁を一人置いて周りで話が進んでいく。
「早くしろ、電車なくなるぞ」と堂上に急かされ、結局訳の分からぬままコンビニを後にしたのだった。





「後は基地までですね、すみません遅くなって」
「気にするな、念の為外泊届けも出してきてある」

それよりお前、と堂上は鋭い視線を郁の足元に向けた。

「やっぱり少し悪化してるみたいだな、基地までは抱えるぞ」
「え、いや!さっきみたいに肩貸して貰えれば」
「却下だ。これ以上歩かせられん」

確かに患部への負荷が減ったとは言え、歩けば歩く程酷くはなるだろう。しかし、業務中の怪我でもないし上官である堂上にそこまでさせられない。

「や、でも…」
「前か後ろかそれだけは選ばせてやる」

――後ろって背負われるんだよね、前ってもしかしてアレか!?

俗に言うお姫様ダッコの形で基地の門をくぐる自分達の姿を想像してしまい、危うく駅のホームで叫びそうになる。

「上官の俺から見て無理だと判断しとるんだ、それ以上言うなら問答無用で肩に担ぐ」

渋る郁に有無を言わせない口調で堂上はきっぱりと言った。
郁としてはいっそのこと荷物扱いで担がれる方が気がラクだが、この格好でそんなことをしたら堂上が通報される可能性大だ。

じゃあせめて顔が見えない方がまだマシかと郁は選択肢を決定した。





「ねぇ手塚」
「何だ」

何だと聞いているが、聞かずとも柴崎の質問は分かっているらしく、視線は横を向いたり下へ落としたりとなるべく前方を見ないようにしているのが見て取れる。

「あれに見えるは笠原と堂上教官よね?」
「そうだな」

わざわざ念を押すなと言いたげな声で素っ気ない返事が返ってきた。
手塚の方が目がいいのだから柴崎より先に気がついていて当然だ。あえて触れなかったのは上官にそこまでさせる郁に憤りを感じているのか、それともその他の何かを感じとっているのか。

郁と堂上を先に送り出してからほどなく手塚とコンビニで合流し、基地へと戻ってくる最中に前方を歩く、――いや正確には歩いているのは堂上で郁は背中に負ぶさっている――二人を発見したのだった。

しばらく黙り込んだ後、たまり兼ねたように「交代する」と駆け出しかけた手塚のシャツの裾を柴崎が引いた。

「あー、あたしも足痛いかもー」
「嘘つけ、白々しい」
「ひどーい、か弱き乙女に向かってぇ」

頬を膨らませて睨んでみせたがこの暗さではよく見えないかも知れない。
「まあまあ、もうちょっとで着くし、乗せ換える方が手間でしょ」と軽く手塚をいなし、再び前方に目をやる。

部屋へ帰って一言目は何にしようかと考えながら、柴崎は前を行く二人の速度に合わせて少し歩を緩めたのであった。

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おまけあります。

自分で選ばされる方が恥ずかしいですよね、と自分で書いておいて何ですが…