食欲の秋

*堂郁(恋人期間)

秋といえば……第二弾、食欲の秋です。

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「っぎゃああああぁぁぁぁぁっっ!!!」

関東図書基地独身寮、女子風呂の脱衣所で派手にかまされた叫び声に、風呂場や外への扉、目隠しの暖簾など開けられる所全てが開いて怪訝な表情の隊員が次々と顔を出した。が、肝心の脱衣所にいる面々は郁の足元にある物体を見て笑うのみだ。

「あらあら二キロ増」
「見るなぁっ」

下着姿の柴崎が郁の横からひょいとかがみ込んでデジタル画面を覗く。
両腕で豊かな胸を挟み込むように膝に手を置いたポーズは、何年も変わらずキープしている抜群のプロポーションを郁に見せつけているかのようだ。

「そんな大声で叫んじゃ見てくれってアピールしてるようなもんよ」

だいたいスリーサイズから子細なボディサイズはがっちり把握してるのに、今更そんな数字知られたところでどうってことないでしょうがと取り合わない柴崎に郁が返す言葉などない。

「別に見た目が変わってるわけじゃあるまいし、気にするほどでもないわよ」

そう柴崎にフォローされるも、妙齢の女子としては大問題である。

「や、でもそういえば何となく脇腹に肉が……やっぱり三日前の焼肉?それとも先週のバイキング!?教官に買って貰った新作のコンビニスイーツを毎日昼休みに食べてるのも影響してるとか??」
「あっきれた……ていうかむしろそんだけ食べて二キロしか増えないのが不思議だわ」

柴崎にも周りの女子隊員達にも本気で呆れられたようで、それ以上全く郁に取り合ってくれなかったのだった。



あくる日特殊部隊事務室にて、郁は茶菓子の置いてある棚を念力でも送るかのごとく睨みつけていた。こんな時に限って差し入れやら土産やらで普段は塩せんべいくらいしかない茶菓子置き場が大賑わいなのである。
特に先ほど折口が差し入れてくれたケーキは都内で有名なパティスリーのもので郁も柴崎と前々からチェックはしていたものの、おいそれとは買えない値段で今まで口にする機会はなかった。昨日までの郁なら早速飛びつき勧められるがままに堂上や小牧の分まで頂戴していたことだろう。

――あぁっ、甘いモノ断ちするって昨日決めたばっかなのにこのあからさまな誘惑は何なんだ!誰かの陰謀か!?

そんな事をしてメリットがある者など当然いるはずもないことは分かっているが、そう思わずにはいられないタイミングの悪さである。

我慢我慢とぶつぶつ唱え、視線を下に落とすと自分の下腹を覆うシャツの裾辺りが目に入る。
昨日脱衣所で見たハラ肉を再確認すれば甘いものなど欲しくもなくなるだろうと、自らを戒めに郁はカップを手に給湯室へ向かった。

周りに誰もいないのを確認してからぺろっと上着をめくって腹に手をやる。
ヘソ上は日頃の訓練で腹筋がそれなりに割れている。
その辺も妙齢の女子としてどうなんだと思わなくもないが今の案件は別である。

その手を横にスライドさせると感触はやや柔らかくなった。
がっちりつかめる程ではないが柔らかい弾力のある感触、郁の記憶ではもうちょっとすっきりしていたはずだ。

――やっぱり、間違いなく、この感触はしぼ……

「お前、何やってる」
「ぎゃっ、……堂上教官!いえ何でも、何でもありませんっ」

郁が慌てて振り返ると給湯室の入口で堂上が眉間に皺を寄せている。

「すいませんっすぐ戻ります!……そんなに遅かったですか?」

コーヒーを入れに行ってなかなか戻らない郁を心配したのか、郁としてはほんの少し確認しただけのつもりだが思いの外時間が経っていたのかも知れない。

「いや時間はそれほど経ってないが、ハラ押さえて出てったもんで体調でも悪いのかと思って、な」

それで気になって見に来てみれば上着めくってハラつまんでると来たもんだ、と仏頂面のまま言うが、口元はかすかに笑っているから事の次第はすっかりバレてしまっているようだ。

「実は昨日風呂場で体重計ったらちょっと増えてて」

そういえばお腹周りも…って気になっちゃってと正確な数字を濁すのは女の機微として勘弁してもらいたい。

「本当に増えてるのか?全然分からんぞ、むしろもっと肉つけてもいいくらいだ」
「でも」

――お前、仕事中にそんな可愛い顔すんな。

本当にどこが太ったのか堂上にはさっぱりわからないが、でも何度体重計に乗っても増えてたんですーと萎れる郁はとてもかわいらしい。

「どうしても気になるなら今度確認してやるぞ」

嬉しそうに口角を上げる堂上に、その意味がわからないほど郁ももう子供ではなかった。

「もう、仕事中ですよ!」
「ああ仕事中だ、だからつまらん事を気にしとらんでとっとと仕事に戻れ」

片手を上げると郁は拳固を落とされると思ったのか首をすくめる。堂上は苦笑してその手を郁の頭に乗せ、くしゃくしゃと乱暴に撫でてやった。

「百メートル走のタイムが落ちたらしっかり絞ってやるから心配するな」

そう笑う堂上に郁はそういう問題じゃないんですーと不満顔で空のままのカップを持って給湯室を出て行った。

――女としては何キロ太ろうが俺にとって十分魅力的だという事なんだがこの直球勝負の恋人には言わんと分らんのだろうな。

そうひとりごちた堂上だったが、郁に直接その言葉を伝えるなど到底できない芸当なのであった。

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終わりです。

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