縮まらない距離〜官舎裏編

*手柴(革命後、エピローグよりは前)

アイスのお代編の続きです。

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『今日は外で』

極力無駄を削ぎ落としたかのような短いメールに了解とこちらも短く返信して、手塚は寮へ向かう足を速めた。

柴崎のコンビニ通いを代行するようになって、週に一、二度メールで注文が入る。

たいていはアイスなので共用スペースで渡してすぐに別れるが、共用スペースに人が多い時などは今回のように寮の外を指定される。
人通りのない官舎裏へ向かうと暗がりの中に小さな影を見つけ、柴崎の細い身体を覆い隠すように前に立つ。

人がいないといっても全くいない訳ではない。むしろいないからこそか、人目を忍ぶ寮暮らしのカップルが落ち合うスポットとして有名らしく、少し周りに意識を向ければ人の気配が感じ取れる。
手塚はその手の話題にさほど興味はなかったが同室の人間の話が煩かったので記憶にある。

「ありがと」
「ああ」

短く言葉を交わしコンビニで見た顔などを手短に報告すると、柴崎はするりと手塚の身体をかわして寮へ戻っていった。

少し時間を空けてから戻ろうと、先程まで温もりのあったその空間に目をやる。
周りから聞こえる衣擦れの音、くぐもった声、何をしているかは想像に難くない。

――もし自分が同じ事をすればあの瞳はどんな色に変わるのだろう。
うっかりよぎった不毛な考えを振り切ってその場を後にした。

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次の週もタイミングが悪いのか、指定は外だった。

官舎裏を奥へ進みつつ、隊員同士の逢引だと分かってはいても、日頃の訓練の賜物か狙撃手の習性か、暗がりに人影となるとつい意識が向いてしまう。

なるべく気配を消しているので手塚に気付く者は皆無だ。
しかし、大きめの木を通り過ぎたところで人影が身を縮めるのがかすかに見えた。

――男だけならともかく、反応したのは二人共、しかもシルエットが他のカップルとは何か違う……

あの身のこなし、防衛員、いや特殊部隊かと当たりをつけて思わず立ち止まる。
男女共特殊部隊、あの身長差、とくれば同班の上官と同期に間違いない。

二人が付き合っているのは当然知っているし、当初こそ怒鳴り合ってばかりだったのが何故と戸惑ったものの今では自分なりに理解したつもりだ。
しかし、それと同班二人のラブシーンに遭遇して何とも思わないかというのとは別物だ。

あまりの気まずさにそのまま踵を返そうかとも思ったが、柴崎を放って帰る訳にもいかない。
と、固まってしまった手塚に暗闇から白い腕が伸び、そのまま物影に引っ張りこむ。

「何やってんのよ、こんなとこで突っ立ってるなんて不自然極まりないわよ」

――しかも隣かよ……
不審そうな顔で見上げる柴崎に無声音で隣にいるらしき人物の事を告げると、何だそんな事と呆れられた。

「そっちはそうでもこっちは違うんだよ」

用件を済ませてさっさと立ち去ろうとすると腕を絡めて引き止められる。

「向こうも夜目が利くのは同じなんだから、下手に動いたら笠原はともかく堂上教官は気付くわよ」

あんたその動揺丸出し状態で堂上教官に覚られずに通れるかしらと悪戯っぽく言われると、確かにその自信はない。

聞かずにいようとすると余計に耳に入る隣からの物音に耳をふさぎたくなるが、自分を見上げる目はそれを期待しているのが見え見えで手塚は憮然とした表情を作るしかなかった。

「あの二人がいちゃついてるのなんていつもの事だから気にしなきゃいいのよ」
「むしろ面白がってるお前と一緒にするな」

わかるー?と否定もしない柴崎を軽く睨み付ける。
そのこうするうち、隣から土を踏む音が聞こえどうやら立ち去るらしいと安堵する。が、何故か足音がこちらに近付いてくる。

――しまった、やっぱり堂上二正は気付いてたのか。

自分だって相手の身のこなしで特殊部隊と気付いたのだ、いくら恋人との逢瀬の最中でもあの優秀な上官が気付かない筈がない。

咄嗟に柴崎をすっぽり覆い隠すように抱きすくめる。これなら手塚の正体が知れても相手が柴崎とは分からない筈だ。

堂上が噂話を言い触らす人物だとは思わないが、この腕の中の女は自分が話の俎上に上がるのを殊更に嫌う。そのくせ、根も葉も無い噂を真っ向から否定するのも厭うのだ。

誤解されるなら自分一人でいい、そう思って更に深くかがむと首にひんやりとした感触がして、唇が塞がれた。
わざと音をたてるように何度も吸われた唇に頭の奥が痺れ、細い腰に回した腕の力加減を忘れそうになる。

「教官、どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。戻るか」

遠ざかってゆくそんなやり取りをとろけそうな頭の片隅で聞いた。
もう唇だけでは物足りないと舌を差し込もうとすると舌で押し返される。

「もうおしまい」

そのくせ絡めた腕は解かないので、柴崎の体温が伝わってきそうな程近い。

「キスじゃなくて昼飯で払うんじゃなかったのか?」
「あら、今のは偽装だったんじゃないの?手塚にしては気が利くと思ったのに」

素っ気ない口調とは裏腹に、顔にかかる息が甘く感じられるのは柴崎も欲情してるからか、それともただの気のせいなのか。
その答えを出させないかの如く、潤んだように見えた瞳はすでにいつもの色に戻っていた。

「笠原が心配するからかーえろっと」

軽く下唇を噛んでするっと腕を抜けていった柴崎を無理矢理捕まえなかった事を、後で手塚は自室の布団の中で後悔するハメになる。

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ゆるーく続きます。→官舎裏再び編