縮まらない距離〜男子寮編

*手柴(革命後、エピローグよりは前)

女子寮編の続きです。

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『ダイエット中だから夜菓子はやめとく、ありがと』

柴崎から返ってきた簡素なメールを眺め、手塚は小さく溜息をついた。

同居人の手前、財布を持って部屋を出ておいて手ぶらで帰る訳にもいかない。
もはや何の用もなくなったコンビニに向かい、適当に日用品をカゴに入れた。

官舎裏でのあの出来事から、柴崎にコンビニへの遣いを頼まれる事はめっきり減った。
ついでだからと手塚から伺いをたてても間に合っているからと断られる。

また一人で出かけているのかとさりげなく共用スペースで張り込んでもみたが、鉢合わせすることもなく、そうではないと察せられた。

何かと理由を付けては呼び出され、奢らされていたのもほとんどない。業務中にかけてきたちょっかいもほぼ皆無だ。

勿論、見かけ上は以前と全く変わっていない。もともとコンビニも飲みも人目を避けていたから、他の人間には何も気付かれていないだろう。

聡い上官、小牧だけには何か違うと覚られたらしく、「最近柴崎さんのチェック、入らないね」とさりげなく聞かれたが、飽きたんでしょうと素っ気なく答えるとそれ以上は詮索される事もなかった。

重い足取りで守衛の横を通り過ぎ、独身寮との分かれ目で官舎の方をちらっと見遣る。

柴崎が意識して手塚を避けていることは疑う余地はない。
あの官舎裏での一件が原因なのも間違いないだろう。

自分が柴崎を欲して柴崎も自分を受け入れたと感じたのは錯覚だったのか。
このテの話に疎い自覚は充分あるだけに、自分だけの一人相撲だった可能性は否定できない。

今ここで推測しても詮ない事とは分かっている。あいつはたやすく本音を窺わせるようなヘマはしないだろう。
せめて小牧の数十分の一でも女の機微が分かっていたら、適切な態度をとる事ができたのだろうか。

いや、そもそも自分の気持ちすらよく分からないのだからそれ以前の問題だろう。
欲情なのか愛情なのかそれとも女に上手を取られたのがただ悔しいだけなのか。

共用スペースに差し掛かり、誰もいないのを確認して奥の席を陣取った。
今戻っても相部屋でバカ話に平然と付き合える余裕はなさそうだ。

――多分始めはそうだったのかも知れない。

聞きしに勝る頑なさと一蹴された事は忘れようにも忘れられない。簡潔に言えば何だこの女と言うのが第一印象だった。

そして今は……

ラックにささった経済新聞を取り上げ広げるが、目に浮かぶのはびっしり詰まった活字ではなく華奢で小生意気な同期の姿だ。

細い肩細い腰、黒く艶やかな髪、深い漆黒の瞳、そして暗闇に浮かび上がる赤く染まった唇…

口実の為に買い込んだビールがぬるくなるとタブを引き、一口煽る。

その外見だけでものめり込む人間はたくさんいるだろう、いや、実際にいる。
だがそれだけではない事も知っている。

あの瞳は人が何気なく見落とす事柄までしっかり見据え、あの唇はどんな人物もやり込める論述を繰り出し、あの細い身体は手塚達戦闘職種とは違うやり方で行動し、戦っている。

ある程度近づいた人間がそのギャップでやられるであろう辛口やさばけた態度以上のものも知っているつもりだ。

しかし、自分はあいつに群がっている奴らとは本当に違うのか、近くに置かれている事に付け込んで力ずくで自分の物にしようとしたのではないのか、自分はあいつをどうしたいのか、どうして欲しいのか……

永遠にループする思考を紛らわそうと手元に目を向けるが、辛うじて視線を滑らせるだけで内容は全く入ってこない。

立ち上がると、すっかり空になった缶をごみ箱に捨て部屋へ足を向けた。

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「おう手塚、お帰り」
「あれ、お前ビール買ってくるっつってなかったっけ?一本分けて貰おうと思ってたのに」

そう言った片方は、コンビニ帰りの手塚のビールを一本奪って行くのが半ば慣習になっている。

「たまには自分で買えよ、共用スペースんとこで飲んできた」
「何だよー、ってか実は女ととか?」
「そんなんじゃない」
「んだよいーじゃん、教えろよ」

既に酒が入っているのか、今日のこいつはいつもよりしつこい。

「いや、それマジみたいだぞ」
メールをチェックしていたもう一人が携帯を降りながら言う。

「今株やってる先輩からメール来てさ、手塚が難しい顔して経済新聞読みながらビール煽ってたけど、何かヤバイのか聞いといてくれだってさ」

先程の手塚の様子を勘違いしたらしい。全くの検討違いだったがこれ幸いと鉄鋼業界は下がるかもな、などと手塚が適当に答えておくと、同期は神妙な顔でメールを打ち始め、話はそのまま尻窄みになった。

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続きます。→太鼓判編

手塚、一人で悶々とし過ぎですかねぇ…