縮まらない距離〜太鼓判編

*手柴(革命後、エピローグよりは前)

男子寮編の続きです。

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季節は夏へとすっかり変わり、暑さの中の訓練でへばる隊員も多くなったが、僅かに離れてしまった柴崎と手塚の距離は変わらなかった。

「ちわーっ、お届けものでーす」

ちゃらけた声で勝手知ったる特殊部隊事務室に柴崎が入ってきて、そのまま隊長室をノックして姿を消す。

「柴崎さん今日も美人だなー」
「ぜんっぜん日焼けしてねーし」
「むさ苦しいタスクフォースに投じられた一滴の清涼剤みたいな?」

内勤日の為訓練よりはマシだが、ろくに空調の整っていない事務室で散々文句を言っていた先輩達がにわかに色めき立つ。

手塚はそれよりも、全員もれなく日焼けしたタスクフォースの面々の中では異様な程白い顔の方が少し気になったが、隊長室から聞こえる冗談口の応酬に気のせいかとやりかけの書類に意識を戻した。

「あんまり言うと笠原さんの立場ないですから」

先輩に突っ込む小牧も暑さのせいか、あまりフォローになっていない。

「そうは言っても笠原だからなー」
「紅一点がこんなので悪うございましたねっ」

「そのすぐ沸騰するとこが余計暑苦しいんだよな」
「そうそう柴崎さんみたいにサラっとかわせねーと」

ムキになる郁に軽口を叩いている間に柴崎が隊長室から出てきて、先輩達が悪戯を見つかった子供のように慌てて自分のデスクに向き直る。

そんな様子を意に介さず、柴崎にとってはここは庭みたいなもんなんだろう、男所帯では需要の低い甘い茶菓子をちゃっかりせしめて、事務室を後にした。

事務室の扉が閉まるのを目の端で確認してから、手塚は手元の書類に目を落とす。だんだん小さくなるヒールの音がほとんど聞こえなくなった頃、かすかに何かがぶつかる音が聞こえた気がした。

嫌な予感がして外に出てみると廊下の隅に丸まるようにして柴崎が倒れている。

慌てて駆け寄ったが貧血か何かだろうか、顔色が酷く悪い。事務室に飛び込んで椅子の背に掛けてあった自分のジャケットを引っつかみ、柴崎の元に折り返す。

スカート姿の柴崎の膝をジャケットで覆い、膝下と脇に腕を差し込んで抱き上げる。
ぐったりした重みは自分の想定したそれより遥かに軽くて少しびっくりした。

医務室に直行しようと振り返ると血相を変えた手塚に驚いたのか、堂上班を先頭に、先輩達が顔を覗かせていた。

「すいません、こいつ医務室に持って行きます」
「ああ、頼む」

班長に断って今にも走り出しそうな自分にブレーキをかける。郁が自分もと言い出し、それに堂上が何か言っているのが聞こえたが待っているのももどかしく、そのまま医務室へ急いだ。

「――完璧だね、後で鬼教官に報告しとかなきゃ」

手塚のお姫様抱っこに騒然とした特殊部隊の中で小牧の呟きを耳に留める者はいなかった。

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ブラックアウトして次に目を開けると真っ白だった。まだ少しチカチカする視界がまもなく慣れると基地の医務室だと分かる。

――そっか、あたし倒れたんだっけ。

特殊部隊の事務室を出たのは覚えている。隊長室を出る頃から少し気分が悪かったが、こんなところで倒れる訳にはいかないと部屋を後にして、少し歩いて……その辺りで気を失ったのか。

「気が付いたのか?」
「……手塚?」

ベッドの周りを囲んだカーテンの向こう側から声がする。
ここまで運んでくれたのだろうが、きっちりカーテンをしめて外で待っているのが手塚らしい。

入っていいかと聞かれたので許可を出すと、カーテンを薄く開けて眉間に皺を寄せたまま手塚が入ってきた。

ベッドの上で上体を起こした柴崎の顔を見ると、ほっとした様子を見せる。

「だいぶ顔色良くなったな」
「ん、もう平気」

「まだ無理だ、もう少し休んどけって」

上掛けを剥がし、ベッドを降りようとする柴崎を慌てて手塚が止めに入る。

その手が柴崎の腕を掴み、次の瞬間、弾かれた様に離される。
余りにも不自然な態度に柴崎の方が驚いて、手塚と顔を見合わせたまま固まってしまった。

「あっ柴崎目ぇ覚めたんだ、良かったーー」

静寂を破る聞き慣れたその声に柴崎が入口に目を向けると、郁が両手にパンパンに膨らんだコンビニ袋を下げて入って来た。

「お前何だよその量、病人がそんなに食えるか」
「だってー、柴崎何が食べれるか分かんないし、適当に色々入れたらこんなになっちゃて。残ったらタスクフォースのおやつにするし、お金は玄田隊長が出してくれたから、気にしないで入りそうなのだけでも入れといた方がいいよ」

そう言いながら郁は手塚の上着が掛けられたパイプ椅子を乱暴に退け、机の上に次から次へと食料品を取り出す。
スポーツドリンク、ゼリー飲料、カロリーメイトから菓子パンやバナナ、コンビニスイーツなど何でもアリだ。

その豪快さが郁らしいと苦笑しながら、礼を言いつつ柴崎は野菜ジュースとプリンを指定した。

手渡しにベッドの脇までやってきた郁と入れ代わりに手塚が戻ろうとするが、すぐ戻らないといけないのだと言う。

「堂上教官に用事言い付けられちゃって。だから手塚についてて貰えって」

女性同士だし、同室の郁が普通付き添うべきなんじゃないか、逆だろうとは思うが、上官がそう言うのなら仕方がない。

郁が慌ただしく医務室を後にしてから、手塚は買い出しの山からゼリー飲料など喉を通りそうなものを幾つか選んでベッドの脇机に置いた。
いつもよりゆっくりとした手つきでプリンを食べ終えた柴崎から空きカップを受け取って袋に入れ、自分は傍らの丸椅子に腰掛ける。

「……笠原に聞いた。お前、最近ほとんど食ってなかったんだってな」
「あーなんか食欲なくて。ただの夏バテよ」

「普段から食わなさ過ぎなんだから意識して栄養取っとけよ」
「分かってるわよー、ただ最近忙しくてちょっと気ぃ抜いちゃっただけ」

つい小言臭くなった手塚にわざとらしく柴崎が頬を膨らませる。

「ま、明日からは笠原にしっかり食わされるかもな」
「やだあ、笠原ったら朝から化け物並に食べるんだから。逆に胃壊しちゃうわよ」

いつも通りの軽口に何となく手塚がほっとすると、ぽすっと身体をベッドに倒し天井を見つめて柴崎が言う。

「そういやあんたが運んでくれたの?事務室から離れてたのによく気付いたわね」
「あぁ、入って来た時から顔色悪かったからな、気になってただけだ」

「ふーん。ま、礼言っとくわ、貸しにつけといて」
「倒れてるもん運ぶのは当然だ、気にすんな」

このクソ暑い中で必要のあるはずのない上着が何の為に使われたのか推測する事など、柴崎にとっては造作もない事だ。

「後でタスクフォース内で盛大にからかわれるわよ」
「そんなもん構ってられるか、別に俺がしたくてしたんだからいいだろ」

……バカ。
手塚と反対方向の壁を向いて呟いたせいでよく聞こえなかったようだ。

「何だって?」
「この柴崎麻子さんに貸しを作るなんて滅多にない機会なのに棒に振るなんてバカだって言ったのよ」

わざと挑発的に下からせせら笑ってやると、手塚は苦笑しつつ少し目を細めた。

「そんだけ軽口叩けるならもう平気だな」

「だから大丈夫だって。……あー、業務部に連絡しなきゃ」
「さっき事務室から連絡来たけど、今日はそんなに忙しくないし、目ぇ覚めたらそのまま早退していいそうだぞ」

「ふーん、ならもうちょっとここで寝てこうかしら」
「ああ、そうしとけ」

かと言ってすぐに寝入れる訳もなかったが、目の下まで上掛けを引き上げて目をつぶると、程なくして手塚が立ち上がる音が聞こえる。

カーテンを引いた向こう側でボソッと「他所では倒れてくれるなよ」と呟いたのは取り敢えず聞こえなかった事にしてやった。

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続きます。→ラスト

文字数がバラバラですね…
申し訳ないです。