縮まらない距離〜ラスト

*手柴(革命後、エピローグよりは前)

太鼓判編の続きです。

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結局のところ、終業時間近くまで医務室に居座って、郁に付き添われ寮まで帰る事となった。

「でも珍しいよね、柴崎が貧血なんて」

さすがに夕食に強制連行されはしなかったが、郁は凄まじい早さで戻ってきて、ちゃっかり持ち帰ってきたゼリーを口にしていた柴崎に問い掛けた。

「頑丈だけが取り柄のあんたには言われたくないわー」
「頑丈だけって!」
「あーごめんごめん、生足もあったわね」
「生足は要らん!足!足の速さ!!」

揃いも揃って周りに心配されるのは何だか痒いもので、つい話を茶化す柴崎に、郁は難無く釣られ、話は脱線してゆく。

「いや、そういう事じゃなくて、柴崎って食細い分、食べない時は野菜ジュースとかゼリー飲料とかで補給してたじゃん。でも最近そんなのもなかったからさ、大丈夫かなとは思ってたんだー」
「あー、それはそうかも」

珍しく郁が何とか話を取り返してきたが、言われてみればこのところそんな事に気を使っていた記憶はない。
というより、最近何をいつ食べたのかほとんど思い出せない有様だ。

「やだぁ、痩せちゃってBカップに落ちたらどうしようかしら」
「それはAカップギリギリのあたしに対する盛大なイヤミか!」

郁より推定2つはサイズの大きい胸を両側から寄せて上げるように押さえると、横目でじとっと睨まれた。

「いーじゃん、あんたは教官におっきくして貰えば」
「何でそこで教官!?……てか大きくなるの??」

机から身を乗り出して食いつく郁にここで事細かにその方法を伝授しても良かったが、後は真っ赤になって撃沈する事が目に見えていたので「教官に聞きなさーい」と言うに留めておいた。

「まぁただの夏バテでしょ、これからは気をつけるわよ。あんたにも迷惑かけて悪かったわね」
「や、迷惑とかは全然ないんだけどね。…夏バテかぁ…柴崎に限って恋患いとか有り得ないしねぇ」

とっとと話を括ろうとしたのに、最も自分から遠い単語の一つに思われた『恋患い』という一言に心臓がちくりと痛む。

「さぁーどうかしらねぇー。意外とあったりして?」
「えっ嘘ぉ!誰誰誰誰!!」
「さーぁねーぇ」
「えーーー教えてよぉー。業務部?まさかタスクフォース!?」

次にまさかと続く個人名は明らかに読めたので、柴崎はこの辺で落としておく事にした。

「冗談よ」
「……なぁーんだぁ」
「あたしが恋患いなんかする訳ないでしょーぉ、あたしに恋患うならともかく」

自信たっぷりの微笑を向けてやると郁はそれ以上言葉を無くしたようだ。

「……ホントにできたら教えてよね」
「はいはい、分かったわよー」

よしよしと頭を撫でる振りをしてやると、郁は更にむくれ、机に突っ伏した。

――そう、決して恋なんかじゃない。風邪の引き始めで咳をひとつした程度だ。今ならまだ間に合う。

自分の一言で柴崎が踏み出しかけたかもしれない一歩を引き戻したとはつゆ知らず、郁はまたからかわれたー、とぶつくさ言っている。

あたしが踏み込めば何か変わるかも知れない。その先はあたしがしらない未知の領域だ。
そのままずっと進めば無くしてしまうかも知れないし、無くさないかも知れない。

関係が壊れるくらいなら友達でいいなんて使い古されたセリフは要らないけど、もうしばらくはこの心地良いポジションにいたい。

「最後の一口、いる?」

スプーンですくって目の前に突き出してやると、現金にも郁は大きく口を開けた。

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「ついでにこれも宜しく」

数日後、書架の整理中の手塚の背後から声が掛かり、振り向く間もなく、持っていた本の上に更に大量に積み重ねられ、思わずバランスを崩した。

「何よ情けないわねぇ。ちゃんと食べてんの?」
「煩い、お前に言われたくない」

「柴崎さん、すっかり回復したみたいで良かったね」

手塚とバディだった小牧も今回ばかりはそんな二人を茶化す事はせず、やり取りを目を細めて見ている。

「その節はご心配おかけしましたー、このあたしの美貌が損なわれたらもう国家の損失?ってレベルですものね」

「お前の辞書には謙遜やら色んな言葉が欠けてるんじゃないか」
「あら、一応謙遜はしたんですけどぉ」

――そのセリフ自体、謙遜の欠片も見えないんだが……
そう言った所で柴崎が絶対引かないのは確実なので無駄な努力は止める事にした。

「そうそう、その時の手塚のエスコート、小牧監査役に伺った所百点満点だったんですって?あたしもビシビシしごいた甲斐があったってもんだわー」

「あ、俺って監査役だったんだ」
「……それはどうも」

苦虫を噛み潰しそっぽを向く手塚とにやりと微笑む小牧が対照的だ。

「ま、これからも精々励むよーに」

手塚の肩をポンポンと叩いてくるりと踵を返し、柴崎は閲覧室へと戻っていった。

「……何か倒れる前よりパワーアップしたみたいだね」
「同感です」

書庫の奥に消えた小牧を追わずに、手塚はその場で図書を分別し、遠ざかる靴音が完全に消えるのを確認してから配架を再開した。

手元は休めずに淡いバラ色を取り戻した頬と唇を思い出す。

結局何が原因で距離が遠退いて、何が原因で元に戻ったのかはさっぱり解らず仕舞いだった。

でもそんな事はもうどうでも良かった。
柴崎の中で何があったにせよ、再び元の場所に戻す事にしたのだろう。

次に位置が動くとしたら自分が相応の腹を括って行動した時か。
−どんな腹をどう括ればあの瞳にもう一歩近付けるのか。

こっそり手塚の様子を窺った小牧は、黙々と作業を進めるように見えるそのスピードに舌を巻いたとかいないとか。

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終わりです。
郁と堂上の結婚前くらいに着地、できたでしょうか。