聖夜の争奪戦

*手柴(結婚後)+兄

クリスマス小話その三です。

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今年は紅葉が遅く、冬を感じる暇もなくそのまま葉が枯れて朽ちてしまった頃、業務を終えて感謝に戻ろうと館を出た柴崎は聞き馴れた声に呼び止められ、足を止めた。

「すまん、柴崎」

いきなりかつての教官、堂上に頭を下げられ、柴崎は面食う。

そそっかしい妻の方ならいくらでも厄介な事態が起こりそうだが相手はエリート中のエリート、しかも自分とは個人レベルの業務の絡みはほとんどないだけに、わざわざ終業後の柴崎を捕まえてまで謝られる筋合いが全く思い浮かばない。

プライベートな接点と言えば、堂上の直属の部下がつい最近自分の夫になった手塚であるくらいだが……

「手塚が何かしましたでしょうか?」

言いにくそうに眉間に皺を寄せる堂上にやはり夫の話かと確信する。

「……二十四、五日だがな、手塚が神奈川に出張になった。」

今月の事だろうか、ならばクリスマスイブとクリスマス当日だ。
結婚して初めてのクリスマスだ。去年の今頃は付き合ってすらいなかったから、想いを通わせてからも始めて、と言う事になる。

「仕事なんですからしょうがないですよ、気になさらないで下さい」

クリスマスにはサプライズでプレゼントを用意して、今年は家でシャンパンを開けよう、などと二人で話し合ってそれなりに楽しみにしてはいたが、仕事で予定が狂って臍を曲げるほど子供ではない。

堂上だって公私混同するのは最も嫌うことであるはずなのに、何故わざわざ柴崎にその事を告げるのか。

「実は神奈川のある図書館が狙われていると言うタレ込みがあってな、応援に狙撃手として手塚の指名があった。」
「なら進藤一正の方が」

狙撃手としての手塚の腕はそこそこであると情報は得ているが、それでも特殊部隊トップと言う程ではない。進藤を始め、他にもベテランの腕の立つ狙撃手はいる。

「それは俺も言った。まぁ銃火器が使えないからと言って狙撃手が全く要らんと言う訳じゃないからな。……それにしても手塚が出向く理由が全くない」
「でも向こうは手塚を指名してきたんでしょう?」

「あぁ、相当の理由があるなら行って貰うしかないが、手塚である必要性を問い質しても代わりの人間の名前を出してもタスクフォースの手塚でなければとの一点張りだ。最後は上からの頼みの一言でゴリ押しされた」
「わざわざ光一人の為に上から圧力ですか」

思わずプライベートの呼び方になってしまったが、堂上は気に留めなかったようだ。

「どうも何か裏があるような気がしてならんが、俺にはそれ以上は詮索できなかった、すまん。手塚は多分細かい事情を言い訳するようなことはしないだろうから俺から言っておく。」
「そういうことでしたか、ありがとうございます」

「せっかくのクリスマスだったのに残念だったな」
「これから毎年来ますから、ご心配なく」

余裕たっぷりに笑顔を作ってみせた柴崎に堂上はほっとした様子で帰っていった。


実の所柴崎は、記念日をうっちゃらかす男は嫌いだが自分自身がそれ程イベント事に執着している訳ではなかった。
プレゼントだって別に少々前倒ししても構わないし、クリスマスイコール豪華な食事という決まりもない。

ただ今回は横槍の入った経緯に不穏な空気を感じたのだ。
堂上から見て正当な理由がないというだけで嫌疑としては十分だが、上からの圧力、行き先が神奈川、という時点で黒幕は確定だ。

「ギリギリに捻じ込んで来るなんて……敵もさるものよね」

柴崎はそうひとりごちて対策と夕食の準備をするべく自宅へと向かった。

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抜き打ちの監査という名目で訪れたその図書館は、師走の寒空の中に縮こまるようにひっそりと立っており、とても良化隊の脅威にさらされているようには見えなかった。

だが自分の情報には間違いなどない。両日中には目の前の正門ではそれなりの襲撃戦が繰り広げられているはずだ。
あいつにとっては赤子に等しい相手だろうが、ここの防衛部のみで応戦するよりは余程早くカタが付くだろうからこの攻防戦で多大な助力になるだろうと言った自分の言葉は嘘ではない。

そろそろ昼休憩に入る頃合の弟の顔を思い浮かべながら手塚慧は正面玄関をくぐった。


食堂に伸びる廊下の途中でその姿を見かけ、側近を追い払ってからすぐ後ろまで近寄ったが、何人かの防衛部員に話しかけられているのが分かって足をゆるめる。

「手塚二正、お昼ご一緒して宜しいですか」
「ええ、勿論。ただ自分は弁当を持参していますが」
「愛妻弁当ですか、羨ましいですね」

そんなやり取りが聞こえてきて思わず舌打ちしてしまった。
これじゃ何の為にこんな所まで出張ってきたのか分からない。

昼飯は諦めるかとそのままターンを決めて館を後にした。


何事もなく一日の警護を終えて手塚が与えられた来客用の部屋に戻ると、携帯が着信を告げた。

−どうせここに来てる事も知ってるんだろ。

画面に表示された名前を見て心の中で悪態をつきながら、三コール程勿体振って通話ボタンを押した。

「もしもし、兄貴?」
「やぁ光、今神奈川にいるんだろ?」
「あぁ」

電話口の光の声は少し疲れているようだ。
警備自体はたいしたことないはずだが、一人で応援と言う状況に緊張したのだろうか。

「同じ県内に来るのに連絡もないなんて水臭いじゃないか。せっかくだからフレンチでもどうかと思ってな」
「悪いが今日は無理だ」

慰労の為にいいシャンパンを開けようか、明日に備えて酒は控えるだろうから、アペリティフのランクを上げるか……
そんな事を思案している最中に思いも寄らない返事が返ってきて思わず耳を疑った。

「今日の警備は終わったんだろ?襲撃が心配なら近くの店にすればいい」

全く仕事熱心なのはいい事だが、と譲歩してやるとこれまた予測を裏切る答えだった。

「昼飯がローストやらテリーヌやらフルコースバリだったんだよ、晩飯は食堂のうどんかそばでいいくらいだ」
「……そうか、ならまたの機会にするよ」

努めて穏やかに携帯を閉じた後はお前のせいだと言わんだかりにデスクの上へ放り投げた。

――まぁいい。イヴにディナーなんぞ浮かれた恋人達がいちゃつく為の口実でしかない。

明日の分まで仕事を片してしまうかと気を取り直して手塚慧は万年筆を取り上げた。

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翌日、執務室で予定を確認していた手塚慧の元へ例の図書館で戦闘が始まったと報告があった。

――大方予想通りだな。

本来の防衛部のみなら半日、だが弟もいる事だし2時間弱というところか。

少し予定を早めてロイヤルミルクティーを入れる事にした。



件の図書館に車を乗り入れて、重役用の駐車スペースに停める。
戦闘はしばらく前に終了したはずだが、後処理だろうか、防衛員が目の前を走り回っている。

銃火器を使用禁止にしてから、以前のようにそこらじゅうに被弾の痕跡が残るような事はなくなったが、それでも血の痕や壊れた備品などは散在している。

報告書やら何やらで光が出てくるのはもうじきのはずだ。
と、奥の来客用駐車スペースに昨日はあったワゴン車がないのに気付いた。

ここは神奈川でも酷く交通の便の悪い場所で、光は許可を取って基地の車を借りてここへ来ているはずだ。
その車がないということは……

目の前を通った防衛員を胸座を掴む勢いで捕まえ、「手塚二正はどうした」と聞いた。

一体何事かと怪訝そうに振り向いた防衛員が、慧の階級章を見て慌てて敬礼する。
そんな間ももどかしく、質問の答えを急かす。

「てっ、手塚二正はもう関東図書基地へ戻られたはずでありますっ」
「そんな訳あるか、先ほど戦闘が終わったばかりじゃないか」

「いえっ、間違いありません。事後処理は後日するという話だそうで……」

隊員の前だというのも忘れてくそっと悪態をつき、礼もそこそこに踵を返し、車に飛び乗った。
図書館を出て適当な所で車を停め、弟の携帯を鳴らす。

何度か呼出音が鳴るが光は出ない。もう高速に乗ったか。
しばらく粘ったところで自分の失策を認めざるを得なかった。

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基地の駐車場に車を止め、事務室で届けを出し許可を取ったその足で妻の待つ官舎へ急ぐ。

疲れも気にせずに階段を駆け上がり、廊下を進むとシチューのいい匂いがしてきた。
麻子のシチューだ。

インターフォンを鳴らし、鍵の開く音と同時に力一杯ドアを引いてしまい、反対側のノブを握っていた麻子が腕の中に倒れ込んできた。

「やだ、びっくりしたじゃない」
「悪い、焦り過ぎた」

どうせならとドアを後ろ手に閉め、そのまま本格的に抱きしめる。

「謝りついでに風呂も入ってないんだが」
「……ちょっと汗臭い」

今日は先に風呂にするかと告げるとその真意も汲み取ったらしい、バカと耳を引っ張られた。

「もう少しでご飯できるのに」
「いい匂いだな、いつものシチューとちょっと違う気がする」

「時間あったから今日はホワイトソースから作ってみたの」

元々は有休を合わせてあったから麻子としてはぽっかり時間が空いてしまったのだろう。
耳元でごめんなと囁くと、いいわよと首筋にキスをされた。

「光が早く帰ってきてくれたからそれだけでいいの」

耐え切れずに唇に口付けて麻子を抱き上げ、リビングへと移動する。

「こら、降ろしなさいって」

胸を拳でドンドンと叩くが手塚にしてみればちっとも痛くない。
しばらく麻子の重みを楽しんでいたが、そろそろ本気で怒られそうなので、そっとソファに降ろした。

バッグをそこらに放り投げ、隣に腰掛けて柔らかい髪を梳く。
丸二日と離れていないのに麻子の匂いが懐かしい。

「シャワー浴びてくるよ」

有りったけの理性を導入して上体を引き剥がし、風呂場に向かった手塚を「ケーキもあるからねー」と麻子の声が追いかけてきた。


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終わりです。

WINNER アサコ!って感じでしょうか。
手塚兄が何だか情けない扱いですね、ファンの方、すみません。