ある夜のひとコマ

*手塚(夫婦)

事後のひとコマです。
R指定はいらないと思いますが…どうでしょう?

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――ふわふわ浮いているようで力が入らない。頭もぼんやりする。

ぐったりとベッドに横たわったまま動けない。重い頭を何とか横に向け、後始末を終え戻ってきた夫に力無い声で抗議した。

「光のバカ……公休前以外は手加減してって言ったのに」
「悪い……何か飲むか?」
「ん」

麻子の頭を優しく撫で上布団をかけてから、手塚は手早く下着を着けキッチンに消えて行った。



二人の間で取り決めを交わしたのは官舎での生活が始まってから程なく経った頃だろうか。

薄い壁を気にして声を殺しながらも手塚の指先に敏感に反応してゆく麻子に自制が効かなくなった。「ダメ」と、か細く諌める声も手塚の高ぶった感情を煽るだけで、翌日はお互い仕事だというのについ何度も達させてしまった。

次の日はいつも通り身体が動かず思うように仕事ができなかったという麻子に、公休日前以外はセーブするようにと約束させられたのだ。
もっとも業務部の人間からその日の柴崎の仕事ぶりがいつもと違うという話は全く聞こえてこなかったから、実際業務に影響が出た訳ではなく、麻子自身の矜持の問題なのだろう。

――シーツを握り締めて声を堪えている姿に煽られてつい自分が止められなくなった、と言ったら余計怒るだろうか、怒るだろうな。

薄闇の中にうっすらと浮かび上がる曲線、夜目の利く自分だからこそはっきりと解る潤んだ瞳と上気した頬、かすれた喉で自分の名前を呼ぶ声、途中で止めろという方が無茶だ。



冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し寝室に戻ると、麻子は手塚が出て行った時と同じ姿勢で布団にくるまっていた。
そっと布団の端を持ち上げると、辛うじてショーツは身につけているが、そこで力尽きたようだ。

眠ってはいないようなので、手塚は麻子の背中に腕を回してゆっくりと抱き起こし、キャップを開けたペットボトルを口元に寄せる。コクコクと小さな音を立てて飲んだのを確認して残りは自分が一気に飲み干した。

腕の中の麻子を見下ろすと未だ余韻が抜けないのか、力無く手塚の肩に頭をもたせ掛けている。
半ば放心したまま今にも意識を落としそうな様子に軽く揺さぶって声をかけた。

「麻子、ちゃんと服着ろ。風邪ひくぞ」
「うん…着る……」

そう返事はするものの、麻子はそのまま動かない。
仕方なく手塚は片腕を伸ばして先程自分が脱がせた麻子の寝間着を取り、麻子に頭から被せる。ようやくもぞもぞと腕を動かして袖に通した。
下は自分で履くと言うので拾って渡し、手塚も淡い空色のスウェットの上下を着た。



子供の頃以来着た事のないパステルカラーは決して自分の趣味ではないが、濃い色の服は分けて洗うのが面倒という麻子らしい合理的な理由で部屋着は淡色のみだ。

初めは散々抵抗したくせに、今はもうすっかり慣れてしまった自分に苦笑しながら、糊のきいたシーツに手足を伸ばして寝転がる。

ようやく寝間着を身に付け隣に滑り込んできた麻子を抱き寄せ、腕の中に納める。前髪をかきわけて額にキスを落とすと光のバカと改めて叱られた。

「悪かったよ。朝飯は俺が作ってやるから。何食いたい?」
「んー……オムレツ、とろふわのやつ」

難易度の高い注文はせめてもの当て付けに違いない。
手塚も一通りの家事は出来るものの、手の込んだものまではまだ力が及ばない。

「……分かった。努力するが失敗したらスクランブルエッグで勘弁してくれ」
「んー分かった……」

すでにうとうととしかけている麻子の背中をゆっくりとさすり、寝息が規則的なもの変わるのを感じてから目を閉じた。



麻子のお気に入りのシャンプーの香りが鼻をくすぐる。自分が麻子を包んでいる筈なのに逆に麻子に包み込まれているような不思議な錯覚に捕われながら手塚も眠りに落ちた。

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終わりです。