222

*手柴(夫婦)

2/22は猫の日、ということで手柴+猫です。

************************

窓から差し込む陽がまぶた越しに強く眼を射し、手塚は重い腕を持ち上げて日を遮りながら再び布団に潜り込もうとした。

久しぶりの夜勤明けで酷く眠い。
妻はとっくに起きているだろうが、こんな時は予定がない限り好きなだけ寝かせておいてくれる。

と、布団の中に小さなぬくもりがあるのに手塚は気付いた。
手を伸ばして探ると柔らかいビロードのような手触り、そっと撫でると軽く身じろぎする。

――麻子か?珍しいな、こんな遅くまで一緒に寝てるなんて。

心地良い感触を堪能してからそのままその下にあるはずのなめらかな肌へ手を滑らせた、つもりが……
ない。
あるのはひやりとしたシーツのみだ。

思わず跳ね起き、上布団を引っぺがしてそこに寝ているはずの妻の姿を確認し、手塚は呟いた。

「……麻子、何でこんな姿に」

美しい白毛の身体を丸めてベッドの真ん中ですやすやと寝ているのはどこからどう見ても……猫だ。
呆然として手塚が固まっていると、ドアの方向からクツクツと押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

「まさか光のそんな顔が見られるなんて…ククッ」

あー腹筋痛いと鳩尾の辺りをさすりながら入ってきた麻子は、ベッドの端に腰掛け、安眠を妨げられて不満そうに手塚を見上げる猫を抱き上げた。

「同期が旅行出るからって一泊だけ預かったのよ」
「……そういやそうだったな」

だいぶ前にそんな話を聞いた記憶がある。
が、寝ぼけた頭で咄嗟にこの小さな侵入者とそのことを結び付けられるはずもなかった。

「お腹空いてるでしょ?すぐできるものにするから」とだけ言い置き、満足げな笑顔で麻子は猫と共に寝室から消えていった。

事あるごとに小さないたずらを仕掛ける妻の趣味にはもう慣れたつもりだったが、時とタイミングを選ばないので時たま心臓に悪い。
いや、選んでいるからこそ心臓に悪いのか。



洗面を済ませて手塚がダイニングに向かうと、テーブルの上には猫の雑誌が何冊か置いてあった。

手塚にはあまり明るくない分野だったが、預かった白地に頭と足先が黒い猫がシャム猫というくらいは判る。
何の気はなしに一番上の雑誌をパラパラとめくると、しつけ方やペットグッズの他に世界の珍しい猫の特集も載っているようだ。

休日の珍客はまだ寝足りないのか、日当たりの良いリビングの窓際で気持ち良さそうにひっくり返って寝ている。

『王家の猫達』という仰々しい見出しに大袈裟だなと苦笑しながらページをめくると、あながち誇張された表現でもないようで、タイの王族に代々受け継がれてきた由緒正しき猫達の姿が並んでいた。

そのうちの一匹、数少ない貴重なシャム猫の原生種だという美しい純白の猫が光の目に留まる。
門外不出で王族の手に依り継承されてきたという金色と銀色の眼がまっすぐこちらを見据え、斜に構えたポーズですましている。

スマートなスタイルや切れ長の瞳とは対象的にその表情は愛くるしく、どこか麻子の雰囲気を思わせる。
かなり遅い昼食を用意してくれている麻子に雑誌を百八十度回して見せ、その写真を指差した。

「このカオマニーって猫、何かお前に雰囲気似てるな」
「あらそう?」

麻子は手を止め写真を見遣ったが、軽く目を細めただけだ。

「たたずまいとか表情とか、あと金と銀の眼を併せ持ってる所とか、何となくだけどな」
「ふーん」

素っ気ない返事に猫になぞらえた事で気を悪くさせたかと妻の顔を窺うが、麻子は手塚の目をまっすぐ見てにっこりと微笑んだ。

「カオマニーってタイ語で『白い宝石』って意味らしいけど、もちろんそれコミで言ってくれたのよね?」

細く白い指で差し示された箇所を光はまだ読んでいなかったが、確かにそんな事を書いてある。

何も返さないうちに「素敵なお言葉、ありがたく頂戴しておくわ」と勝手に話を畳んだ麻子に、そう間違ってはないし、まぁいいかと反論するのを止めた自分は相当惚れ込んでいるのかも知れない。

手塚の自問自答に相槌を打つかのように、いつの間にかダイニングに現れたシャム猫がにゃあと短く鳴く。
が、同意したのか反対したのかは当の猫にしか判るはずがなかった。

************************

終わりです。