お返しはきっちりと

*手柴(別冊1時期)

バレンタインのお返し話です。

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三紙目の新聞を隅から隅まで読み終えて、手塚は小さく溜息を付いた。今日は夕食も風呂もさっさと済ませて早々からここで張っている。

共用スペースを通り掛かるうちの何人かがチラチラとこちらを伺っている。二時間近くもここに居座っているのだから訝しがられて当然だろう。


もう読む物も尽き、どうするべきかと思案しながらとりあえず新聞をラックにしまう為に立ったその足で自販機に小銭を入れる。

コーヒーの缶を取り出そうと腰をかがめた時、パタパタとサンダルの音と微かな衣擦れが聞こえた。そして人の気配が手塚の真後ろを通り、さっきまで陣取っていた一番奥の椅子が軋む。


何故と聞かれると上手く説明できないが何となく、それが待ち人だと分かった。


改めて缶を取り出し、その人物の前をすり抜ける。
視線は外したまま膝の上に広げられた雑誌にコンビニ袋を落として自分は斜め向かいに腰掛けた。

柴崎がちらりと手塚を窺ってからコンビニ袋を覗く。中味はチロルチョコバラエティーパック三袋。

「芸がないわねぇ」
「セオリー通りだろ」

手塚に言ったのか独り言か、顔を上げて一言、ぽつんと呟いた柴崎にしれっと答える。

「食いくさしじゃないだけマシだと思え」
「食いくさしの方が高値がついたわよ。せめて名前でも書いといてくれれば良かったのに」

一ヶ月前を皮肉ったつもりがあっさり返り討ちだ。
結局いつものような正論でしか手塚には言い返す術がなかった。

「……俺には人様に頂いた物を売り飛ばす趣味はないもんでな」
「まーご挨拶ねぇ」

むくれた口調で唇を尖らせるが本気で怒っていないのは目で判る。

――全く、この女は。

冗談だと一応言葉にしとくかと手塚が口を開こうとした時、柴崎の形の良い唇に先を越された。

「そういえば、手塚が心配してた堂上教官の肩はそろそろ良くなった頃かしらねぇ?」

どうして柴崎が男子浴場での会話を知っているかなど、もはや愚問だろう。聞くだけ無駄というものだ。

思い出したくもない、数週間前に堂上が肩に湿布を貼っていたのを気にして本人に聞いた一件の事を言っているのに違いない。

手塚は純粋に上官の怪我を慮っただけだというのに、聞かれた堂上の気まずそうな顔、小牧を始めとした周りにいた人間のにやにや笑いが引っ掛かったが、風呂場ではその理由が判らなかった。
道すがら必死に考えて、自室への廊下の途中で気付いた時のいたたまれなさ、堂上への申し訳なさ等、消してしまいたい記憶がありありとよみがえる。

手塚にその身の縮む思いを再び味わわせて柴崎は得心顔だ。
なるほど、手塚が意図した以上に先程の一言は柴崎の神経を逆撫でしたらしい。

「あたしには尊敬する上官の触れられたくないところを衆人監視の中、ピンポイントで指摘する事なんて到底できないわぁー」

そもそもこいつに軽口の応酬で同じ土俵に上がろうと考えた時点で負けは決定していたのかも知れない。

「……そこは三倍返しにしなくてもいいんじゃないか。それにワザと言った訳じゃない」
「まぁ故意じゃなくて過失だけど言っちゃったのは事実だしぃ」

手塚も自覚している所にきっちりトドメを刺して気が済んだのか、柴崎は椅子から立ち上がって雑誌をラックに戻した。

「ありがと、いっぺんには無理だからちょっとずつ食べるわ」

そう言ってコンビニ袋を肩の横でカサカサと降りながら女子寮へと消えていった。



明くる日の昼休み、飯を食い終えた手塚と小牧が事務室に戻ってくると中から郁と堂上の声が聞こえた。
コンビニに行くと言い出した郁に堂上が付き合ったので、昼飯は小牧と二人だったのだ。

「全く、昼休みにわざわざ何買いに行くのかと思ってたら、チロルチョコとはな」
「だってー、昨日部屋で柴崎が食べるの見たら食べたくなっちゃってー」

手塚は思わず耳に神経を集中させてしまう。
チロルチョコ、昨日のアレだろうか。

「しかも三袋もあるのにひとっつも分けてくれないんですよー。いつもは太るからって半分以上くれるのに」
「まぁそんな時もあるだろ」

――そうか、一応全部一人で食うつもりなのか。

まさか柴崎が本当に売り飛ばすとは思っていなかったが、笠原と分けるくらいはするだろうと思っていた。

そんな事を考えていたところに、すっかり存在を忘れていた小牧の声が降ってきた。

「どうしたの手塚?顔が緩んでるよ」
「……いえ、何でもありません」

硬い声で作ってそう答えたものの意識し過ぎて顔を小牧から背けてしまってはバレバレだ。

「そう?まあ、他の二人には黙っててあげるからさ」

ククッと喉の奥で笑い、小牧は先に事務室に消えていった。

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終わりです。