縁起でもないけれど

*手柴(結婚後)

まったり公休日…のはずが?

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その日珍しく堂上班で一人だけ公休日だった手塚は、リビングで本を読みながら麻子の入れる紅茶を待っていた。

手元にあるのは随分前に買い込んだ小説だが、業務の参考にする為の実用書に押されて順番が後回しになっていた。
ようやくできた時間にと開いた一冊がなかなか面白く、昼飯を告げる麻子の呼びかけが何度か聞こえなかった程だ。

――このペースなら夕食までには読み終わるな。

壁の時計と残りの紙の厚みから算段を付けてページをめくった手塚の耳をいきなり破裂音が突き刺した。
続いてパンパンと渇いた連続音も聞こえてくる。

実弾ではない。

そこまでは部屋の中からでも判るものの、距離や方角までは掴めない。手っ取り早く状況を確認しようと手塚は外に飛び出した。

官舎のベランダから視認はできないが、音から察するに現場は図書館の正面玄関の辺りらしい。
怒号にも似た図書隊の声と弾ける音が引っ切りなしに続いている。

シフトでは堂上班は館内警備にあたっていた筈だから前線にいるだろう。
だがそれほど大規模な襲撃ではなさそうだし、すぐ終わらせるに違いない。

――良化特務機関ではないな、賛同団体の方か。非常召集がかかる事はまずない、といったところだな。

ここから駆け付けても配置に付く頃には片が付いているかも知れないが、たまたま官舎にいることだし念の為出勤するか、と室内に戻ったところでテーブルの上の携帯が鳴っているのに気付き、慌てて通話ボタンを押した。

「はい手塚です。…えぇ、いや官舎にいますが………え、笠原が!?……分かりました、今からー」

突然後方から聞こえたガチャンという大きな音に遮られ、驚いて手塚が振り返ると顔面蒼白の麻子が突っ立っている。

「麻子!?」

通話口から聞こえた「どうした手塚?」との堂上の声に「何でもありません、すぐ向かいます」とだけ告げて電話を切り、麻子の元へ駆け寄った。

「あぁ、どうしよう、お義母様から頂いたカップ…カーペットも…ココ官舎なのに…」
「麻子、しっかりしろ。麻子!」

床に散らばる破片を気にも留めずに麻子はそのまま膝をつき、手は片付けようと床の上をさまようも、目の焦点が合っていない。
揚句、割れたカップを素手で触ろうとして手を切る始末だ。

「麻子!!」

再び陶器の破片に手を伸ばしかけた麻子の手首を強く掴み、手塚は強引に離れた所まで引っ張って行く。

「笠原なら大丈夫だ、爆竹投げた犯人を取り押さえた時に捻挫しただけだそうだ。たいしたことない」
「えっ、そう……なんだ」

すとんと力無くその場に座り込んだ麻子を抱き上げ、先程まで自分が座っていたソファまで移動してにゆっくりと下ろした。
美しい指先に一筋走った傷を手早く検分して、浅くかすっただけだと確認する。膝も破片のある場所は上手く避けていたようだ。

「念の為出向くだけだからすぐ戻る。カップは使ってなかった貰いもんだし、床もそのままで置いとけばいい。もしもの時は全部張り替えれば済む話だ」

ゆっくりと言い含めるように語り掛け髪を優しく撫でてやると、麻子の瞳に僅かだが光が戻る。
これなら大丈夫かと手塚は色を失った唇に軽く口付け、財布と携帯を持って玄関に向かった。

框に座って靴紐を改めていると、ぱたぱたとスリッパの音を立てて麻子が手塚のもとへ来た。

「気をつけてね」

弱々しく笑ってみせた麻子を返事をする代わりに強く抱き締め、「なるべく早く帰るから」と言い置いて手塚は振り返らずにドアを開けた。

――もし俺の時があったらその十分の一でもいいから心配してくれよな。

と、縁起でもないことを考えて官舎の階段を駆け降りた手塚だった。

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終わりです。