Trick〜ハロウィン小咄〜

*手柴(別冊1くらい)



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「Trick or Treat?」



「……お前なぁ」

目の前に差し出された小さな掌を見下ろして手塚は溜息をついた。
目も眩む美人に可愛らしく語尾を上げて訊かれればたいていの男共はノックアウトされるのだろうが、生憎、手塚にはとうに耐性がついている。

「菓子なんか持ってるわけないだろうが」
「じゃあTrickの方でよろしくて?」

どうせ狙ってきたんだろうという手塚の抗議は当然の如く無視されて柴崎は極上の笑みを浮かべた。

ハロウィンなる習慣や柴崎が発した言葉の意味は理解している。が、そんなものに乗っかって騒ぐ趣味は手塚にはない。
しかも今日は訓練日で戦闘服のまま昼食を取りに携帯と財布をポケットに突っ込んだだけ、当然手ぶらだ。

「好きにしろ」

この華奢な腕に本気で殴られたところで痛くも痒くもない。
煮るなり焼くなりと半ば自棄で柴崎にそう告げた。

「じゃあ目を閉じて」

言われるがままに目をつぶる。
ひとつの感覚を閉じると他の感覚が鋭敏になる。明らかに何かを企んでいる柴崎は仕掛けてくる様子もなく衣擦れの音が微かにするのみだ。
ふんわりとほのかな香りが立ち上ってくる。香水の類か。手塚にはよくわからないが、甘く柔らかなそれでいてしつこくなく心地良い香りだ。

「ここ数カ月の不審者の数の推移について何か思う事ある?」
「はぁ?いきなり何だ」

頬でもつねって手塚をいたぶって遊ぶのだろうと見当をつけていたところに予想外の話をされ、思わず目の前の柴崎をまじまじと見つめる。

「まだ開けちゃ駄目よ、ハイ閉じて」

「脈絡なさ過ぎだろ」
「いいからさっさと閉じる」

聞き分けのない子供をあやす口調で言われ、手塚は渋々目を閉じた。

「で質問の答えは?」
「……そうだな」

先程の柴崎の質問を反芻する。特殊部隊内で特に話題に上がった事はないし、手塚自身が気にかかる点もなかった。

――何で今ここで、このタイミングでその話題なんだ?

ただの世間話に目を閉じさせられる意味が全く解らない。
柴崎の不可解な行動は今に始まった事ではなかったが、訝しがる手塚の裏をかくように段々手口が巧妙になっていく。

とにもかくにも質問に答えないことには話が進まないようなので、大して言及する事は思い当たらないものの幾つかを捻り出して上げるとそれに対して突っ込まれ、頭の片隅で柴崎の意図を計りつつまた答えを考える。

チャラリラリン。

聞き覚えのある電子音にうっかり再度目を開けてしまったが、今度は柴崎は何も言わず、目の前に掲げた携帯を見て得心していた。

「……何撮ってんだ」
「んー、キスをねだる手塚?」

「バッ、何言って……」

誰がいつそんな事を!と慌てる手塚に柴崎は手の中の携帯をくるりと翻す。
そこには目を閉じていた先程までの自分、そういわれれば少し眉根を寄せ口許を僅かに尖らせて、キスをする時の顔に見えなくもない。しかし、無防備極まりないその様はかなり間抜けだ。

「あんた、考え込む時に唇尖らす癖あるのよ」

さあて、いくらになるかしらねぇとにんまり笑う柴崎から携帯を奪おうとすると、大袈裟に腕を身体に回して怖がる仕種をされた。

「きゃあ、暴力はんたーい」

そう言ってするりと手塚の腕を躱す。

――どっちがだ!そんなもんをばらまく方が暴力行為みたいなもんだろ!!

あの情けない顔写真を、しかも『キスをねだる』などとタイトル付きで隊内に撒かれでもしたらと想像するだけで身も凍る思いがする。

しかしさすがにこの場では無理矢理捕まえることもできず、手塚に見せ付けるかのごとく携帯を振りながら去って行く柴崎を口惜しく見送るしかなかった。

それからしばらくは情報流出に戦々恐々とし、「キ」の一音に敏感に反応して挙動不審になった揚句、あまつさえ郁にすら訝しがられる手塚がそこかしこで見られたと言う。

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終わりです。

ハロウィン関係ないような気もしますが。