次世代へ託して−1−

*柴崎

≪未来話≫≪捏造≫柴崎の野望の話です。原作設定なのでアニメ最終話とズレがあります。

堂郁&手柴&小毬結婚後

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稲嶺が入院した。
幸い大事には至らなかったが、高齢である事を鑑みて検査を兼ね、しばらく入院することとなった。

日用品の世話はフクさんが来てくれるし、定期的な業務報告は業務部が交代で来る。
特殊部隊からも玄田が足代わりにとちょくちょく人を寄越してくれるし、公休にわざわざ見舞ってくれる者も多い。

入院前よりもむしろ人と会う機会が増え、とりわけ普段なら接することのない若い隊員と話をできるのを稲嶺は内心楽しみにしていた。

その日は堂上班が公休だった為、堂上夫妻が稲嶺の病室を訪れていた。
若い夫妻は玄田に散々聞かされていた通りの仲睦まじさで当麻事件の思い出話にも花が咲き、彼等が辞去した後は少し部屋が広く感じたくらいだ。

もう新婚と呼ぶ時期はとうに過ぎているはずだが、ふと夫と目があって恥ずかしげに目を伏せる様は何ともいじらしく、つい窓の外を眺めつつ亡き妻との新婚時代に想いを馳せてしまう。

と、控えめなノックの音がして稲嶺の意識は自身の病室へ引き戻された。
――今日はもう来客の予定はなかった筈だが。

面会にしてはやや遅い、食事はまだ先だと少し訝しがりながらも入室を促す。

「はい、どうぞ」
「失礼します」

少し俯き気味に入ってきたのは先程帰ったはずの奥方一人だった。

「これは堂上三正。どうされましたかな」
「あのっ、お疲れのところ申し訳ありません。突然で大変失礼なんですが、稲嶺顧問にずっと伺いたい事があって、ですね、その……」

どうやら稲嶺に聞きたい事があってわざわざ戻ってきたらしい。

「何でしょう、私が力になれる事でしたら何でも聞いて下さい」

そう言ったが、言いにくい事なのか、中々言い出さずもごもごと散々口ごもった末に口を開いた。

「……あのっ、基地司令になるにはどうすればいいんですか」

予想外の質問に稲嶺は驚きを隠せなかった。
目の前の三正は図書特殊部隊唯一の女性隊員で、戦闘では駿足を活かし、また女性ならではの作戦にも重用され、高い功績を上げているという。
しかし、稲嶺の知る限りでは特性は現場向きで、本人も基地司令を目指すと言うタイプではなかった筈だ。

「ほう、あなたが基地司令を目指しておいでとは存じませんでした」
「えぇっ、いやっ、あたしはそんな大それた事っ」

やはり本人が司令を志していた訳ではないらしい。

「では堂上一正が」
「いえっ、あつしさ、いや、堂上一正もそんな事は考えてないと思います。直接こんな話をした事はないですけど、こないだも二人で『ずっと一緒に前線に立って行こうね』って話してましたし…」

――玄田一監、これはお話以上ですな。
聞かされる方にとってその台詞は惚気以外の何物でもない上に、そのやり取りの様子を思い出したのか、目尻が下がったかわいらしい夫人に、これ以上当てられては堪らないとばかりに話を戻す。

「すると基地司令になると言うのはどなたが……」
「それはあの、あたしの友達、と言うか、知人がですね、名前は言えないんですけど……その人が前に言ってたんです。『あたしが図書隊初の女基地司令になっても』って。」

「本気か冗談かはわからないんですけど、そのことたまに思い出してソイツがホントに基地司令になったらって想像したりして。もしホントに目指してるんだったら力になりたいけど、あたしができる事なんてたかが知れてるし、自分の仕事でさえいっぱいいっぱいなのに……」

それで苦肉の策として稲嶺にヒントを求めたという事のようだ。

「そういう事でしたか。しかしこうすれば基地司令になれるという方法は判りませんね。勿論資質や能力、人望など必要なものはたくさんありますが、タイミングなどもありますし、これは努力ではどうしようもない。あったら私が教えて頂きたいくらいですよ。」
「そうですか……そうですよね……」

あからさまにがっくり落ち込む彼女を見て少し申し訳なく思うが実際そうなのだから仕様がない。

「でもあなたはその方が基地司令に相応しいとお思いなのでしょう?」

その人物にどれだけの信頼を寄せているかが彼女の眼から読み取れ、思わず聞くと「はいっ」と即答してからあわてて付け加える。

「いえっ、基地司令に相応しいとか私が言うのはおこがましいですけど。頭もいいし、情勢にも詳しいし、流れを読んだりするのも上手いし、人の裏をかいたり嫌なとこピンポイントで突いてきたり……あたしみたいに直球で突っ込む人間とは真逆で、そういうのも上に立つ人間なら必要なのかなって。」

「すいません、上手く説明できなくて。でも私はソイツならできそうって思うんです。少なくともソイツなら今の状況から何かは変わるんじゃないかなぁって、そう思うんです。」
「成程、あなたがそうおっしゃる程の人ならばきっと実現することができると思いますよ。」

所々つっかえながらも必死に気持ちを伝えようとする姿に微笑み、稲嶺は一つの決心をする。

「そうですか……何か稲嶺顧問にそう言って頂けるとホントに実現しそうな気がします。」
「ちゃんとしたアドバイスができずに申し訳ない。」
「いえ、とんでもないっ。こちらこそ変な事聞いてしまって」

と、ノックの音が響き男性の声がした。
「堂上一正です。稲嶺顧問はいらっしゃいますか」

すると目の前の堂上夫人の肩がびくっと跳ねる。どうやらこの話をしに来た事は内緒らしい。
わかってますよと目で合図をし、待ちぼうけを食らわされたらしい堂上を中に招き入れる。

「何だここにいたか。忘れ物を取りに行ったきり戻らないから心配したぞ」
「ごめんなさい待たせちゃって」
「何度も来てるしまさか迷ってる訳でもと思ったが、お前のことだ、そのまさかがないとは言えんからな」
「ひっどーい、いくらあたしでもそこまでバカじゃありませんっ」

「じゃあ何した。忘れ物を取ってくるだけでこんなに時間がかかる訳ないだろ。」
「えっ、それはその、えーと」

しどろもどろになる夫人を見兼ねて、稲嶺が助け舟を出す。

「いやこれは申し訳ない、堂上一正。たまたま思い出した事があったので奥方に伝言をお願いしていたのですが、心配をかけてしまったようだ」
「そういう事でしたか。自分はまた顧問にご迷惑でもかけてやしないかと」
「いえ、そんな事はありませんよ。では、堂上三正、お願いしますよ。」
「はいっありが、いえっ承りましたっ」

稲嶺の折角のフォローを危うく台なしにする所だったが郁はどうにか飲み込み、畏まって敬礼を返す。隣の堂上にバレない様に小さくほっと息を漏らした。

再び静まりかえった病室で稲嶺は先程の会話を反芻する。
名前は言えないと言っていたが、思い当たる人物は一人しかいない。彼女のかつての同室であり、稲嶺の直属の部下でもあった非常に優秀な女性。

彼女には図書隊の裏側で色々辛い任務にも就いて貰ったが、もっと相応しい場所があるのかも知れない。

――次に彼女が来てくれるのはいつだったかな。
業務報告に来る日を頭の中で確認してその日が待ち遠しくなった。

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続きます。