梅桃桜〜梅もうひと挿し〜

*堂郁(夫婦)
梅桃桜〜梅ひと挿し〜のおまけ、堂上さんの孤軍奮闘です。



堂上は焦っていた。
仕事が少し残っているからと郁を先に帰し、さっさと考えていた事を実行するつもりだったが、そう思惑通りには行かなかった。

――まずいな、あまり時間がない。
すぐ帰るからと言っておいたから郁は食事の用意をしているだろう、もたついて待たせる訳にはいかない。
考えられる手は尽くしてしまったし、もう諦めて帰るしかないかと深く溜息をついた。

発端は今日の警備を終えてバディの小牧と特殊部隊の事務室に戻った時のこと。別のバディで館内警備にあたっていた手塚が一本の梅を持って帰ってきた。
図書館の庭に植えてある梅の木に子供が突っ込みそうになったのをかばい、誤って折ってしまったのだという。

誤解を招く恐れがあるので図書館に飾る訳にはいかない。
郁が利用者の入らない特殊部隊の事務室に飾ればと提案するが、そんな風情を理解できるやつはほぼ皆無だという隊員達の総意により即却下された。
でも捨てるはの勿体ないとためらう郁に、手塚が処分するなら自分が持って帰っていいかと言い出した。
郁が横から何か言いかけたのを堂上は目で制し、他に使い道もないしと一応隊長にも確認してから許可を出した。

手塚が自分の趣味で花を飾るはずはない、自分以外の誰かの為なら一人しかいない。郁もその事を程なく察したのか、それ以上その話題に触れることはなかったが、事務室の隅に置かれたバケツの横を通る度にちらちらとそこにささった梅の枝を見ている。
いつまで経っても判り易過ぎる妻の行動に、堂上は帰りに調達してやるかと決めたのだった。

郁が帰ってからすぐに基地の最寄りにの花屋に駆け込んだが、そこに梅は売っていなかった。
探し回る時間はないので、徒歩圏内にある花屋を調べて片っ端から電話をかけるが、どこも置いていないと言う。

どうやら花屋は少し季節を先取りして花を仕入れるものらしく、ほぼ満開の時期となった梅はすでに売切れ、入荷の予定もないとの事だ。
都心のデパートなどならまだあるかも知れないが、そこまで行く訳にもいかない。
残念だが仕方ないと踵を返しかけた時、堂上の携帯が鳴った。



――篤さん、遅いなぁ。何かあったのかな……

郁は待っていた。
仕事が少し残っているからと夫に言われ先に官舎に戻ったが、すぐ終わるとの事だったのでそう遅くはならないだろうと食事の支度を済ませてしまった。
堂上のデスクにあったのはいつもの隊長が放棄した書類の束だったので、そうそう段取りが狂うものでもないはずだ。
もしかしてトラブルでも発生したのかもと携帯を取り上げた時、インターフォンが待ち人の帰宅を告げた。

「悪い、遅くなった」
「ううん、何かあったの?」
「いや、少し手間取っただけだ」

すぐそこの庁舎から帰ってきたはずなのに何故か息を切らしている堂上を郁は疑問に思ったものの、トラブルではなかった事にほっとし、深くは考えなかった。
「ご飯出来てるよー」と奥に引っ込もうとすると堂上に呼び止められ、振り返ると目の前にあったのは、梅が一本。
手塚が持って帰ったのとは違い、透明なセロハンで巻かれているから店で買ったものだろう。

「篤さん、わざわざ買ってきてくれたの?」
「欲しかったんだろ、梅」
「え、うん……でも何で」

分かったのかと続けかけて途中で飲み込む。
ずっと気にしていたのはバレバレだったのだろう。

「ありがとう、すごく嬉しい」と礼を言う合間にも知らず知らず頬が緩み、自分でも単純過ぎると思う程だ。
郁の頭にポンポンと優しく手をやり、「態度に出てたからな」と微笑む堂上に頬が熱くなった。

堂上が着替えている間に戸棚から小さめのガラスの花瓶を出し、挿してみるとほんのり部屋が明るくなった気がするから不思議だ。
図書館のものより少し色が薄い。
終業後、これを買いに行ってくれた堂上の様子を思い浮かべながら郁はそのかわいらしい花にじっくりと見入ってしまい、鍋にかけた味噌汁を吹きこぼしそうになって慌てて止めに走ったのだった。



「何だ堂上、まだ手間取ってたのか」

電話の相手は進藤だった。
声に緊急性は感じられないが、早々に帰宅したはずである上官からのいきなりの連絡に何事かと身が固くなる。

「進藤一正、どうかされましたか」
「いや、特に用はないんだが、サプライズは首尾よく運んだかと思ってな」

向こう側にいつものにやにや笑いが見えるようだ。
進藤に今日の計画を話した覚えはない。が、否定した所で信じないばかりか余計にからかわれるのは目に見えている。

「サプライズって程のもんでもないですから。調達が難しいようなんで、もう帰るところです」

そっけなく言って堂上が電話を切ろうとすると、「まぁ待て」と嬉しそうな進藤の声が聞こえた。
人が妻へたまには小さな贈り物をしようと思って失敗したのがそんなに嬉しいかと、嫌味の一言も言いたくなったが曲がりなりにも上官だ、堂上はぐっと堪えた。

「お前のご所望の品だがな、うちの奥さんが近所のスーパーで見かけたらしいぞ、最近はそんな所でも売ってんだな」

「ついでにその帰りに、基地の外で必死に携帯かけまくってるお前も見たらしいがなぁ」と進藤が一番言いたかったであろう一言に反論するのもそこそこに、礼を告げて堂上は電話を切った。

――灯台元暗しとは正にこのことか。

件のスーパーは基地から一番近く、堂上も夫婦でよく利用するが、生花コーナーにはあまり目を向けない上、花は花屋と言う思い込みに囚われてしまっていた。
明日またからかわれる事を覚悟しながらも、妻の喜ぶ顔を早く見たくて店まで走り、ようやく手に入れて帰途に着いた堂上だった。



終わりです。

郁の喜ぶ顔が見たくて奔走する堂上教官。
進藤さんは初登場ですね。