梅桃桜〜桜雲の行先〜

*玄折(別冊1後)
梅桃桜〜桜雲〜のおまけその2です。



「てなわけで、ヤツラの勲章がまたひとつ増えたっちゅうわけだ」

一通り話し終えて玄田は手元のビールを一気に飲み干し、通り掛かった店員を捕まえて冷酒を注文した。

「それにしても、小牧君は彼女を背負って、麻子ちゃんはヘリをチャーターってお姫様でも様々なのねぇ」
「おう、まぁな」

大口を開けて笑う玄田は面白がっているようで、どこか誇らしげにも見える。
それだけ可愛がっていた部下の偉業が嬉しいのだろう。

それで昨晩は特殊部隊総出で飲みに繰り出し、どんちゃん騒ぎをやらかしたわけか。
その光景が目に浮かぶようでビールを思わず吹き出しそうになり、折口は白木のカウンターにグラスを置いた。



取材に協力して貰った礼として今回はいつもの居酒屋とは違い、洒落た小料理屋だ。
店の内装も出される料理も、華美ではないが品がある。

折口がよく見知っている笠原と柴崎、そしてまだ見ぬ小牧の彼女に思いを馳せていると、運ばれて来た冷酒にちびりと口をつけてから玄田が口を開いた。

「お前も見てみたいか」

言うまでもなく件の想像を絶するという桜雲のことだろう。
「そうねぇ、それほどの景色なら気になるわよね、職業病かしら」
でも中々行ける場所じゃないみたいだしとちらりと玄田の表情を伺う。

その問い掛けが玄田と共に行く事を意味しているのか、純粋にその絶景が見たいかどうかだけなのかは解らないが、この男ならどうするだろうと想像を巡らせる。

――やだ、お姫様って年でもないでしょうに。
まるで図書隊の王子様や姫君たちと自分達を重ねているかのようだと独り苦笑した。

洒落た器に美しく盛られた旬のものを使った料理に箸を伸ばし、野菜の炊き合わせを口に入れると、ほろほろと綻ぶように旨味が口内を満たす。安居酒屋の濃い味付けとは真逆の、素材の味を引き出した儚げともいえる程の繊細な味は折口の好みに合っている。
一方隣の玄田は本当に味わっているのかと言いたくなるようなスピードで目の前の品々を胃に収めていくが、意外なことに随分と前に訪れた店の店主のこだわりまでも覚えていたりするから不思議だ。

すでに空に近いグラスに、店員が酒の追加を聞いてきたが、玄田はもう止めておくと言う。
玄田の酒量をかなり正確に把握している折口からするとかなり早めだ。やはり昨晩かなり飲んだのだろう。
折口もこの辺で止め、デザートのシャーベットのみを頼むことにした。

「昨日飲み過ぎたんでしょ」
「そんなに飲んだつもりはないんだがなぁ」
店員が下がった後、玄田に切り込むと頭をかいて、また昨夜の騒ぎを思い出したらしく、笑い話をいくつか披露した。

「お前ならどうする?取材にかこつけて世相社のヘリでも使うか?」
「まさか。そんなことしないで自分の足で行くわよ、戦場レポートだって書いたことあるのよ」
先程折口が巡らせていた思いと同じような考えが玄田の口をついて出る。

「それは知っとるが」
「郁ちゃんと堂上君みたいに日帰りってわけにはいかないだろうけど、野営だって平気よ」

「問題は休みが取れるかどうかくらいね」と冗談めかして言うと「それなら定年迎えてからだな」と返された。
当たり前のように玄田が二人で行くのを前提に話す事が何だか照れ臭い。
「失礼します」と声がかかり、和服をモチーフにしたらしきうぐいす色の制服に身を包んだ女性店員がテーブルに湯呑みを二つ置いた。
ただの緑茶かと思いきや、ほんのりといい香りが立ち上る。
湯呑みを覗くと淡いピンクの桜の花がひとつ、新緑の風の中を舞うようにふわりふわりと漂っていた。

――今はこれくらいがちょうどいいかしら。

折口は湯呑みを手に取って、かすかな桜の香りを頼りにまだ見ぬ壮大な桜雲に想いを馳せつつ、口に含む。
玄田はといえばそんな風雅を味わう暇もなく一口で飲み干してからただの緑茶ではないのに気付いたようで、何だこりゃと訝し気だ。
「ま、山登りなら老後の道楽にゃぴったりだな」
壮年世代のそれとは次元が違うはずだが、熟年夫婦のレクリエーションと変わらぬノリでにやりと口角を上げて見せた玄田に、折口はにやりと笑い返してみせた。

「連れ合いが老いぼれてなきゃねぇ」
「おう、任せとけ」

そのうち来たる日の為、今日からスクワットでもしようかしらとひそかに決意した折口は、隣のいかつい男が全く同じ事を考えているなど思いもしなかった。



おまけ2終わりです。

玄田隊長も意外と気にしてるのかも知れないですよね、指揮官になったら身体鈍るだろうし。