行くな!シリーズ〜麗らかな午後〜

*堂郁(革命前くらい)

午後のひとときです。

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柴崎と基地の食堂でランチを終えて自分の職場に戻る途中、あまりの天気の良さに郁はふと中庭に寄り道することにした。

先週は冷え込んだからその分一勢に蕾が開いたのだろう、花壇に植えられた様々な花の匂いが鼻に飛び込んできた。
田舎育ちのせいか、草木の匂いをかぐと元気がでる気がする。

大きく伸びをした際に、ふと奥に据えられたベンチに人影が目に入った。

日光をいっぱいに浴びて大きく枝を伸ばした庭木に遮られて肩から上しか見えないが、誰かは顔を見なくとも分かる。

本でも読んでいるのかと思って正面に回ってみると、警備中には着用していたジャケットを傍らに置き、腕組みをした堂上が舟を漕いでいた。

こんな姿を見るのは珍しい。

仕事中の堂上といえば、怒っているかしかめっ面をしているのが大半だ。最近こそ少しは褒められる機会も増えたものの、その時もやはり頼れる上官の顔で、こういう無防備な堂上の顔というものは郁の記憶にはない。
まだ昼休みには余裕があるものの、起こしたものか、それともそっとしておくべきかと郁は迷ったが、時間ぎりぎりになっても戻って来ないようならもう一度起こしに来ようと静かにその場を離れる事にしてくるりと背中を向けた。

「……いく…」

口から心臓が飛び出るとはこの事か。
思わず大声を出しかけた口を両手で塞ぐ。

――今、郁って言った!?

確かに寝ていると思ったのに起きていたのか、いや、起きていたとしても下の名前で呼ばれたのは入隊以来一度切り、それも郁が記者に囲まれて名字を出すのが憚られる状況だった為で、すなわち、こんな二人以外誰もいない場面で名前を呼ばれたことなどない。

――そんな、まるで恋人、みたいな。

おそるおそる首だけで振り返ってみると、堂上は先程と同じ姿勢で下を向いていて表情が見えない。
ただでさえ身長差がある上に郁が立って堂上が座っているこの体勢だと、すぐ近くまで行って下から覗き込まないとその顔は見えないだろう。
そう思って身体を反転させるつもりがなかなか上手く行かない。
あげく、足が絡まりかけて何とか踏み止まった時、堂上の口から次の言葉がこぼれた。

「行くな……」

安堵した。
がっかりしたのよりも安堵の方が大きかった。

――そうだよね、堂上教官があたしのこと名前呼びするわけないし。
ようやく上がった心拍数が落ち着いた所で、心臓に悪い思いをさせられた腹いせに郁は堂上を起こしてやることにした。

「きょうかーん、昼休み終わっちゃいますよー」
顔を覗き込んで小声で呼んでみたが、しっかり寝入っているのか堂上はかすかにまつげを動かすのみで起きる気配は全くない。
肩に手を置いて軽く揺さぶると、眉を寄せて小さく唸ったがこれも効果は無いようだ。

こうなったら耳元で叫んでやると腰を折って顔を近付けると、規則正しく浅い呼吸を繰り返していた堂上の口がわずかに開いたのが見えた。

「行く……な…かさ、はら」

再びビクリと郁の身体が大きく跳ねた。
全く、心臓に悪い。

今の声が聞こえて夢に反映されたのだろうか。

――それとも元々あたしの夢を見てた、なんてね。

そんなことあるわけないと思いつつも再び鼓動が高鳴るのは押さえられない。
このまま起こしても赤くなった頬を見られて気まずい思いをするだけだと郁はそうっと気配を殺して後ずさりを始めた。

と、堂上の肩から浮かせた手をいきなり捕まれ、郁は本日三度目の寿命の縮む思いを味わった。

「行くな笠原そっちは崖だ!!」

がばっと身体を起こした堂上の顔と手首を捕まれて中腰の郁のそれとの距離はわずか数センチ、お互い何が起こっているのか理解するまでの数秒間、しっかり見つめ合ってから視線を外したのは堂上からだった。

「……すまん、寝ぼけてたみたいだ」
「………いえ」

度重なる心拍数の急上昇を繰り返したあげく、トドメのこの顛末に郁は驚くやら恥ずかしいやらで、どんな夢を見たのかと聞く余裕など当然なく、その二文字を捻り出すのが限界だった。

「昼休み……もう終わりだな」

上ずった堂上の台詞で我に還ったものの、戻る道中もお互い無言でうっかり特殊部隊事務室まで気まずい雰囲気を持ち越してしまい、小牧を筆頭に隊員に散々詮索される羽目になるのだった。

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終わりです。