行くな!シリーズ〜隊長室にて〜

*玄折(だいたい危機頃)

行くな!シリーズ第2弾です。

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すっかり春めいてきた陽気に眠気をもよおしそうな昼下がりの特殊部隊事務室、勝手知ったる何とやらとばかりに慣れた様子で折口が入って来た。

「こんにちはー、玄田君いるでしょ?」
「いますけど、昨日夜中まで緊急会議があって今仮眠中でして」

立ち上がろうとする堂上を折口は身振りのみで制する。

「そうなの?じゃあ出直そうかしら」
「そのうち起きてくるでしょう、お待ち頂けるんなら応接室押さえますが」
「悪いからいいわよー中で待ってるわ」

それはどうかと口を開きかけた堂上の返事を聞かずに、ずかずかと折口は隊長室に入って行った。


隊長室の扉は半開きのままで放っておいて、応接セットに鞄を放り投げる。
玄田は椅子に深く沈み込みデスクの上に足を投げ出して眠っていた。

初見の児童なら泣き出す程のいかつい風貌とは似つかわしくないその寝顔に、折口はつい近寄って頬にそっと触れる。

「マキ」

重力に任せて下方に垂らしていたはずの玄田の毛深い手が、折口の細い手首に伸び、きつく握り絞めた。
折口は驚いて玄田の顔を見遣るが、眉間に皺を寄せ苦しそうに折口の名前を吐き出しただけで後に続く言葉はない。

――寝言?

険しさを増す玄田の表情と比例して折口の手を掴む力も強くなり、痛い程指が食い込んでくる。

「行くな……マキ…」

かすれた声で吐き出された言葉に遥か昔、道を違えた日の光景がよみがえる。
あの時の夢でも見ているのだろうか。

今のように玄田に引き止められていたら、そうしたら、自分はどうしただろうか。自分達の関係は今どうなっていたのだろうか。

詮ない事を振り切るように首を振ってから、そういえば出て行ったのは玄田の方だったと折口は気付く。
ではあの時の夢ではないのか、初めに話を切り出したのはどちらからだったろうかと記憶を辿ったが、それもまた詮ない事だ。

あの時別れを選択しなくとも自分達のことだ、いずれ同じ道を辿っただろう。

玄田の黒く日焼けした太い指のせいで、紫外線対策はほどほどにしかせずそれなりに焼けているはずの折口の手が真っ白に見える。
その指の先のごつい手、太く毛深い腕を目でなぞって、長い間触れていないその感触を思い出しそうになった。

掴まれた手を抜こうとしたが、ギリギリと締め付ける力に抗えなかったので、折口は自分の顔を手元に近付けて、軽く唇を押し付けた。
落ちない口紅のはずが、わずかに赤い跡を残す。

顔の角度を変えて玄田の顔を見ると、少しだが頬がゆるんだのが分かる。
同様にほどけた指の間からゆっくりと手を引き抜いて、落ちそうになった玄田の手を取りそっと元の位置に下ろした。


応接セットのソファに戻り、起きるまでスケジュールの確認でもするかと放り出していたバッグを手に取ると、ノックの音がして郁が盆に茶と茶菓子を乗せて入ってきた。

すらりとした身体をかがめて静かに茶を置き、「すみません」と折口に小声で詫びる。

「せっかく来て頂いたのに」
「いいわよ、大した用じゃないし、気にしないで」

先程通り抜けた事務室の様子を見る限りそれほど忙しそうでもなかったので、折口は礼を言いつつ引っ張るように隣に郁を座らせ、軽く雑談に持ち込んだ。

最近の良化委員会の動きや図書館界の情報などそれらしい話題から入り、女同士の話へ逸れてゆく。

「ね、ところで郁ちゃんは彼氏できたの?」
「えぇっ!!」
「もうちょっと静かにね……そんな驚く話題でもないでしょうに」
「いえ……あのそんな…毎日仕事でいっぱいいっぱいですし」

このあたりは前から本人に直撃したかった所だ。
だいたいの行きさつは玄田から聞いているものの、郁側からの情報が圧倒的に足りていない。

まぁ女心の機微をあの男どもに求めるのが間違いと諦めるのが得策なのだろう。

「あらそうなの?残念ねぇ、なら職場で見つければいいのに」
「職場って図書隊で、ですか!?」
「そうよータスクフォースなら選び放題じゃない?」

折口はいつもなら他人の恋愛には余り口を突っ込まない主義だが、あえて野次馬根性丸出しを装って郁ににんまりと微笑む。

「選び放題って!そもそもあたし女として見られてませんし」
「そんな事ないわよー、普段は化粧っ気ないけど磨けば光ると思うんだけど」
「いやいや、もうっ女らしさのカケラもないですから」

郁は激しく片手を振って否定するが、謙遜ではなく自分でもそう思い込んでいるのだろう。

「そんな事ないってば。それよりもまず郁ちゃんのお気に召さないとねぇ……ね、誰かいないの?」
「えっ……誰かって……」
「そうね、身近な所で小牧君、手塚君……あぁ、堂上君は?」
「えぇっ……そんなっ」

郁の同班の人間をあげていき、わざと後回しにしていた一人の名前が出たところで郁は今までより一層大きな声を上げ、はたと気付いた様子で慌てて声のトーンを落とす。

――ホント、聞きしに勝るだだもれっぷりだこと。

「や、堂上教官はそういうのじゃないって言うか……尊敬はしてますけど!でも恋愛とかじゃなく……そもそもあたしが相手にされる訳ないですしっ!」
「ふぅーん……そんなもんかしらねぇ」

しどろもどろに言葉をつなぐ郁に意味ありげに頷いてみせると、「失礼しますっ」と逃げるように隊長室を出ていった。


取材の成果に満足してソファに座り直し、バッグから改めて手帳を取り出すと、「折口」と聞き覚えのある寝起きのかすれた声がした。

折口が首をすくめて声の方向に顔を向けると、初めの郁の大声でとっくに起きていたらしき玄田に、「うちの秘蔵っ子で遊ばんでくれるか」とご注進を頂戴したのだった。

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終わりです。