行くな!シリーズ〜公休日の朝〜

*手柴(別冊2後)

シリーズ第3弾です。

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「行くな麻子」

ベッドの上に起こした身体を支える予定だった方の手首をつかまれ、麻子は危うく後ろに倒れかけた。

何とか反対側の手でバランスを取り、すぐ隣に横たわっている夫に皮肉の一つでも言おうと肩越しに振り返る。

「何よ危ないじゃない……光?」

久しぶりの二人揃った公休、先に朝食の支度でもしようかと布団を抜け出す時に目にしたのと同じ格好で、光はしっかりと目を閉じていた。
ただし、皺も深々と眉を寄せ呼吸もどこか苦しげだ。

具合でも悪いのかと片手を固定された状態でねじるように身体をかがめ、顔を寄せる。

「行かないで……くれ…」

途切れ途切れに言葉を吐き出すものの、どこか痛むようではなし、どうやら夢にうなされているだけだと結論づけ、麻子はひと安心した。
――寝言に返事しちゃいけないんだっけ?

だけ、とは言ってもこちらまで胸が痛くなるような表情で自分の名前を吐き出す姿に、てっきり起きているものと思って先程投げた返事を思い起こす。
スーパー合理主義と揶揄される自分がそんな迷信めいた事を気にするなんてと麻子はひとり苦笑した。

本来ならばこの台詞を録音して当人に聞かせてやるところだが、一糸纏わぬ姿で記録媒体を何ひとつ持ち合わせていないことが悔やまれる。

予定を変更して、手首をきつく握られたままの不自由な態勢で何とか再び布団の中に身体を横たえた。
夫の腕の中に滑り込み、硬く引き締まった胸板に頬を擦り寄せる。
心なしか、頭上に落ちる光の呼吸が和らいだようだ。

――どこにも行かないわよ。嫌だって言ってもずっとくっついてってやるんだから。

証拠は取れなかったが、目覚めたら一部始終を微に入り細に入り話してやろうか、それとも自分の胸だけにしまっておこうか、などと算段しているうちに、心地良いぬくもりの中で再び麻子も眠りに落ちていったのだった。

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終わりです。