The BOSS

*玄田隊長&特殊部隊のみなさん(別冊1エピローグ前)

10月16日はボスの日らしいです。ボスと言えば玄田隊長!ですよね。
ラストはほんのり堂郁で。




パン、パパン!

事務室の扉を開けるや否や、乾いた破裂音が玄田と緒形を襲った。銃器の類ではないことはすぐ判ったが、反射的に立ち止まったところで色とりどりの紙切れに視界を奪われた。

「何だぁ?」

緒形がのんびりと隊員達に問いかけるまで玄田が黙っていたのはクラッカーごときに驚いたからではない。正面に掲げられた横断幕に書かれた文字の意味を理解するのに少々時間がかかったからだ。

『ボスの日おめでとう!』

目の前にでかでかと広がる見慣れない「ボスの日」という言葉。
ボスとはこの場合、自分の事か。こいつら要らん気遣いしやがって、と照れ臭いがそんなことをいちいち顔に出していては一隊の隊長は務まらない。

「ボスの日は分かるがこの『おめでとう』ってのは違うんじゃないのか?」
誕生日じゃあるまいしと首を捻る緒形に「俺もそう言ったんですけど祝い事だからこれでいいって」と答える小牧の声に改めて横断幕を見上げると、脇に汚い字で『我らが隊長!』、『一生着いて行きます!』などと書き添えてあった。

「今日は飲みに行きましょう!」「俺らのおごりです!」

そんなことを言われれば玄田も黙ってはいられない。
「よしその言葉覚えとけ、店の酒飲み尽くしてやるから覚悟しろよ!」

熱くなった胸の内を吐き出すように大音声で怒鳴ると部下達は大喊声でそれに答えた。

隊員達が沸き立つ中、複雑な表情をする者が約二名。どうしたとの問いかけに、「溜まった書類は」と苦言のシンクロ具合も絶妙だ。
「明日からお前らがその分頑張ってくれりゃいい」とさっくり押し付けて玄田は颯爽と隊長室に消えて行った。



始まってみれば何の事はない、いつもと同じ大騒ぎの飲み会だったが、一次会、二次会と進み日付も変わった頃、既に相当酒の入っている一同は翌日の業務の為帰る連中とさらに次の会へと繰り出す連中に分かれ出していた。
上機嫌な玄田に片っ端から飲まされた為、脱落者も多かったが、堂上班は全員がほぼ素面である。郁も先輩達のしつこい誘いを何とかやり過ごし、ほとんどアルコールは飲まずに乗り切った。

「次、どうする?」
何とは無しに班で固まっていた班員達に堂上が問い掛けた。

「あの……」
「うぉーい堂上班何してんだ、お前ら明日休みだろ?次行くぞー」

口を開いた郁の言葉を遮るように既に次の店を決めたらしい隊員に声を掛けられる。
堂上が応えかけて返事に迷い、郁に確認を取るように目をやったが、小牧が代わりにその隊員の前に進み出た。

「すいません、堂上班は抜けます」
「何だよつれねぇなあ」
「隊長はもうお帰りでしょ?なら我が班のボスの慰労を、ね」

そう言って小さく手刀を切った小牧に、仲のいいこったと苦笑して隊員は移動し始めた集団へと戻って行った。

「どういうことだ」

勝手に話を決めて戻って来た小牧に一人判らぬ顔の堂上は不審気だ。小牧に目で促され、郁は再び口を開いた。

「あの、今日はボスの日ですよね。特殊部隊のボスは玄田隊長ですけど、それなら班のボスは堂上教官かなって」
「まあ日付は変わっちゃったけどうちのボスは寛容だから見逃してくれるでしょ?」
おずおずと切り出した郁の横から小牧が口添えたところでやっと堂上の眉間の皺がほぐれた。

「そういうことか、なら四人で飲みにでも行くか。安心しろ、隊長みたいに無茶はしない」
「そうこなくちゃ。じゃあ移動しようか」

小牧を先頭に四人は特殊部隊の面々が動いて行ったのとは反対方向にしばらく歩いた。
さてどこにするかと堂上が言おうとした時、小牧が一足早く口を開いた。

「じゃここで別行動ってことで」
「へっ?」
「はあ?」
突然の小牧の宣言に郁と堂上はそろって素っ頓狂な声をあげた。無言の手塚は了承済みということらしい。

「いやぁデキる部下としてはボスの一番喜んでくれることをしたくてさ」
一番喜ぶことイコール郁、などと痒いことをさらりと笑顔で言ってのけた小牧に堂上は仏頂面で反発するが焼け石に水だ。

「公私混同だろ」
「業務外なんだから、どのみちプライベートでしょ」

どうせ小牧には二人が隊長の慰労のために今日の外泊と明日のデートを取りやめたこともお見通しなのだろう。
どうやら郁は知らされてなかったらしいが、小牧と手塚が申し合わせている以上、既に決定事項同然だ。

「それじゃ笠原さん、あとはよろしくねー」とひらひら手を降る小牧と若干歩き方のおかしな手塚とが今来た方向へと消えて行くのを見送って、堂上が傍らを見上げると同じく置き去りにされた郁と目があった。

小牧と手塚が自分達二人を抜けさせるために今までの芝居を打った事はさすがに理解したようだが、まだ戸惑いの表情が残っている。
「四人で飲みが良かったか?」
「いえ、そっちも行ってみたかったですけど……滅多にないし」

少し残念そうな表情の郁に思わず手が伸びる。「また近いうちに行くか」と頭に手を乗せるとふわりと顔が綻んだ。

「これから、どうする?」
普通に交際中の男女ならば愚問もいいとこだが、当然分かっているだろうと断定できないのが郁だ。

「え、と……」
「外泊届け、出してるんだろ?」

午前様まで飲んでいて出していない筈がないがこれからの行き先を匂わせる。郁が理解できるギリギリの婉曲表現だろう。

「……はい、出してます」

意図するところは伝わったようで郁はこくりと頷いて目を伏せた。
どうせなら郁にもネタを明かしておけば良かったものの小牧も人が悪い。

「嫌なら寮に戻ってもいいんだぞ、女は色々準備とかあるだろ」
「いえっ」
堂上の懸念をよそに、郁は力いっぱい否定してから小さな声で「大丈夫です」と付け足した。ほんのり染まった頬が何とも可愛らしい。
手が伸びそうになるのを抑えて「買い出し、行くか」と郁の手を取った。



「それにしてもボスの日なんぞ全く知らんかったな」
「そうですね、あたしも初めて知りましたー」

そもそも郁が出先で通り掛かった花屋に「ボスの日にサボテンを贈ろう」と言うコピーを見かけたのが事の発端だった。

何故サボテンかは全く分からなかったが、堂上が部屋でサボテンを愛でているところはイマイチ想像できないしもっと他にできる事は、と小牧と手塚の二人に相談を持ちかけたのだ。
もっとも、それを他の隊員に嗅ぎ付けられ特殊部隊で隊長の慰労を!と話がだんだん変わって行ってしまったのだが。

勿論その行きさつを堂上は知らない。

「玄田隊長ももちろんですけど、堂上教官にもいつもお世話になってるし。……あたしの場合はお世話より迷惑かけてる方が多いかもですけど」
そう言って堂上の顔をまっすぐ見た郁は先程までの恋人の顔ではなく、頼りになる部下の顔をしていた。

「何かしたくって、感謝の気持ち伝えられないかなあって」
「その気持ちだけで十分嬉しいぞ」
悔しいがやはり郁の笑顔が堂上に取って一番の慰労になるらしい。

「今日はしっかり癒して貰うとするか」
「あたしにできることなら、肩揉みでも何でも!」

――お前なぁ、これからどこ行くか分かってんのか。

ここでその辺りを説明して真っ赤になった郁を観賞するのも悪くはなかったが、それは後に取っておく。

「そうだな、この肩の強張りは大概誰かさんの迂闊のおかげだからな、せいぜいほぐして貰うとするか」
「はい!」
威勢よく答える郁に言質は取ったしなと堂上はあらぬ方向に想像を巡らし、肩揉み権は放棄することを決めたのだった。




終わりです。
手塚が一言も発しないし、なんか可哀相な扱いです。ごめんなさい。