野戦のココロエ−その5−

*特殊部隊。完全捏造イベントですが、時期は危機くらいです。
ラブ要素は中盤にちょっとだけで殆ど無し。狩猟関連の記述があります。
未読の方は−1−−2−−3−−4−からどうぞ。

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どうやら川へ落ちるのは免れたらしいと認識して、ようやく大きな手がしっかりと腕を捉えている事にも気付いた。
小さく「アホウ」と呟く声に恐る恐る郁が目を開けると思ったより近くに堂上の顔があって非常事態だというのに思わず頬が熱くなる。

「掴んでろ」と促され、郁が訓練服の肩口をぎゅっと握るとそろりそろりと身体が引っ張り上げられる。

「大丈夫か」
「はい」
「動くなよ、下手するとこっちも道連れになる」

耳元で囁かれるような言葉に郁は顔を上げられず、少しずつ動く地面を眺めていた。

「残りは一気に引っ張りあげるぞ」

堂上のカウントに合わせて斜面に爪先を突き立てるように地面を蹴る。中に浮いたと思ったら引き寄せられて、間もなく二人して地面に転がっていた。

「はー、びっくりしたぁ」
「無茶すんなアホウ」

硬い声に拳骨コースかと郁は身構えたが、振り上げた堂上の手はぽんと郁の頭に乗っだけだった。

「怪我はないか」
「はい、教官は」
「何ともない、が」

安堵した郁に堂上は言いにくそうに言葉を切り、数秒の後、目をそらしつつ再び口を開いた。

「怪我がないならそろそろ降りてくれないか」

そう言われて郁は初めて自分達の態勢に気付く。力任せに飛び上がって、引き寄せられたら次は当然折り重なるように倒れ込む。

「すっすみません!」

まるで押し倒しているような格好に、郁は慌てて跳ね起きようとしたが、それより早く背中に堂上の手が回り阻止された。抱き寄せるかのごとく。

――ええっ、今度はどういうこと!?

慌てふためく郁の様子を見て取ったのか、「すまん」と短く告げて堂上は手を緩めた。

「また落ちるだろうが、延々同じ事を繰り返すつもりか」

そのまま横に転がされ、ようやく事情を理解した郁がむっくりと起き上がると、堂上は既に立ち上がって散らばった焚きつけを拾っていた。
郁を捕まえるために放り出された木切れはそこかしこに散らばっている。郁も拾い始めたが地面に着いた面は土だらけで湿っている。

「すみません……新しいの探してきますから」

集めた木切れを堂上に差し出す。結局自分が無駄にしてしまった。

「無事なやつから使っていって火の周りで乾かしときゃ、まぁ使えるだろ」

まだうなだれていると「お前も戦利品取ってこい」と小突かれ、郁は先程引き抜いたと言うより郁の身体を支え切れずに抜けたものを取りに走った。
袋に入れる前に泥を払う。

「何だこれは。草か」
「まぁ草と言えば草ですけど。水菜の仲間ですかね」

燃料を拾い終えた堂上が郁の傍らへ来てそう問う。知らない者からすればどこにでも生えているその辺の草だ。
かく言う郁も名前は覚えていない。父親が説明してくれたが長ったらしくて忘れてしまった。

「どうやって食うんだ」
「ウチの母はおひたしにしてたような……あとすき焼きとか」
「春菊みたいなもんか」

両手が塞がっている為か、堂上は顔を寄せて葉先を観察している。

「まあ近くで見ると確かにそれらしく見えるな」

一通り観察し終えて堂上は得心しているが、どちらかと言えば郁は当の堂上の方に気を取られて仕方がない。
いかに常軌を逸していると言えどそもそも訓練中なんだし、先程の相次ぐニアミスも非常事態であるが故の事だとは分かっている。分かっているが、隙あらばこうして動揺している郁に対して堂上は全く普段通り、冷静そのものにしか見えない。

――まぁ、当然かな。

上官として迂闊な部下のフォローをしたまでだ。ただそれだけのこと。それでも目が離せなくて鼓動が高まる。
ふと堂上が振り返って至近距離で目が合う。本日3度目のニアミスだ。
じっと見詰めていたのに気付かれたかも知れない。

さりげなく目を逸らせば良かったのに機を逃してしまった。上手い打開案など思い付かなくて郁も動けない。
逡巡する間に堂上が何か言おうと口を開く。

どんな叱責が飛んでくるかと身構えさせたその第一声を郁が聞く事は出来なかった。

「うわっ、バレたーーーっ!」

下流から飛んできた大声に思わず二人とも手中の品を落としかけた。見ると釣りをしていた隊員が竿を上げて糸を手繰っている。
どうやら獲物に逃げられたようだ。

「時間がなくなるな、そろそろ戻る」

悔しがる隊員と囃す周りに顔を向けたまま、こちらは見ずに堂上が告げたのは郁にとっても助かった。

「もう一人で無茶やらかすなよ」
「はい」

そう言って足早に去っていった堂上の耳朶も僅かに赤かったのを当然郁は知らない。

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続きます。→−6−