こたつの中に

*堂郁(恋人期)+柴

郁+柴  &堂って感じですが。
冬は布団から出るのが辛いよねって話です。

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「うぅーーっ……さむっ」

こわごわと差し出した手を刺す冷たい空気に、郁は思わず手を引っ込め全身布団にしっかりとくるまる。逆戻りだ。

「あんたいつまでそうやってるつもり?」

頭上の布団の隙間から柴崎の呆れた声が振ってくる。
確かにこのままでは永遠に特殊部隊事務室には辿り着けない。

「訓練服で行く……」
「あんたの訓練服なら外で北風に揺らいでるけど」
「うっ……そうだった」

少しでも長く布団に留まる為の苦肉の策はあっさりと崩れ落ちた。昨日干しっ放しで寝てしまった事が今更ながら悔やまれる。

「明日の朝冷たくなるわよ」と柴崎には忠告された。それにも関わらず、「早めに起きてちゃんとこたつに突っ込んでから行くから大丈夫」などと大口を叩いた昨晩の自分を胸倉掴んで問い詰めたい。問い詰めたいが、今こうして布団から出られず貴重な時間を浪費している自分も同じだ。

一晩中夜風に晒されて冷え切った訓練服に袖を通すのも辛いが、暖かい布団から出るのもまた辛い。

「全く……あんたの服適当に見繕ってこたつに突っ込んどくから後五分したら起きんのよ」
「柴崎ぃ、ありがとうー」

叩き起こすどころか珍しく優しい柴崎の言葉に感謝しつつわずかな延長時間を享受した郁は、後で激しく後悔する事になる。




「何だコレ!」
「何ってあんたの服」

そんな事は聞かなくとも判っている。
ようやく布団から這い出した郁がこたつから引っ張り出したのは膝上丈の薄手のワンピース。一応レギンスも添えられているが、タイツ地のため脚のラインは丸わかりだ。

――これで出勤しろと!?

こたつの中には他に何もない。脇に訓練服が綺麗に畳まれているだけだ。

「せめて下にジーンズでも……」
「何言ってんの、これが一番着替え易いでしょ。ジーンズなんて時間かかるだけよ」
「や、それはそうなんだけど」

確かにその通りなのだが問題はそこではない。
こんな格好は任務で囮役の時くらいしかしない。しかし今は任務中ではないし、この服はそれ用の借り物でもない。

少しでも女らしい格好をと一念発起して堂上とのデート用に買って早数ヶ月、勇気が出ずにまだ袖を通す事がなかったものだ。
別の服を取り出す度に箪笥の奥へ沈みゆくのを見送りつついつか着なければとは思っていたが、それは決してこういった形ではなかった。

「さすがにこの格好で仕事はさぁ」
「すぐ訓練服に着替えるんだから問題ないでしょ」

もし急に警備に回る事になったらと言う郁の苦しい口実も置きスーツという存在に打ち消される。

「その程度の服ならそのまま仕事してる奴も業務部にはいっぱいいるわよ」

通勤服にまで注文付けるおカタイ職場じゃあるまいし、と柴崎の言葉はどこまでも正論である。

そうこうしている間に柴崎が浮かせてくれた時間すら消費してしまいそうだ。

――ダッシュで行って即着替えれば誰にも見られないよね。

そう独りごちて郁は寝巻を一気に捲り上げた。





――よりによってこんな時に限って!

柴崎との押し問答のせいで、否、郁が躊躇したせいで更に時間はギリギリになってしまった。
寮からの短い距離を全速力で走り抜けてきたが、更衣室まで後わずかの所でやむなく急ブレーキをかける。
前方に人影を見かけたせいだ。

「何をしてる」

柱の陰に隠れる前にあっけなく見つかって郁は仕方なく堂上の前に姿を現した。
毎朝あまり余裕のない郁とは違い、堂上はいつも早めに出勤しているからまず出くわすことはないとタカをくくっていたのにどこまでもタイミングの悪い事である。

郁に視線を向けるや否や堂上の眉間に皺が寄った。これはいきなり拳固、説教コースか。

「お前……」
「おはようございます!ギリギリですいません、今すぐ着替えますので!!」

先制で畳み掛けると開きかけた堂上の口からは怒声は飛んで来ず、言葉を探しているようだ。作戦成功とばかりそのまま傍らを擦り抜けようとしたが、寸前で堂上の固い声に引き留められた。

「い、笠原」

やはりすんなりと通してはくれないか。
時間がないのも説教をくらいたくないのも事実だが、こんな格好を堂上の目に晒したくないのも本音だ。

「お前今日何か……いや、いい」
「え、何ですか」

小言が来ると身構えたわりには何でもないからとっとと着替えてこいと堂上の方からあっさり解放してくれた。
拍子抜けはしたもののその訳を考える余裕など勿論なく、郁はすぐそこの更衣室へと飛び込んだ。




――何だってそんな可愛らしい格好をしてるんだ?

――誰かと約束でもしてるのか?

もしかして――

訓練中も昼休みもその後も結局その疑問を郁にぶつけることはできず、堂上は傍らの書類を一枚手に取った。いつもの隊長のお鉢が回った故の残業である。

「お疲れでーす」

ちゃらけた声で柴崎が書類を手に事務室へ入ってきた。
隊長室へ直行かと思いきや机に向かう堂上を見て足を止める。

「あら堂上教官残業なんですか」
「いつものことだ」
「まあそうなんですけどー」

――笠原は今日予定でもあるのか。

何を今更とばかりの返答に当然とばかりの柴崎の言葉。続けてうっかり問いそうになった言葉を堂上は何とか飲み込んだ。
柴崎なら郁の服装の理由を知っているだろう。誰かに会うのならおそらくその相手も。

「笠原」

頭の中で思い浮かべていた相手の名前を言葉にされて書類に走らせていたペンが止まる。

「もう帰りましたよね?」
「ああさっきな」

報告書を受け取って郁を上がらせたのはほんの十分程前だった。結局郁のあの姿を見たのは今朝一度きりだ。

「部屋戻った頃かしら、食堂行く前に捕まえてドラマの録画頼まないと」
「何だ、奴はまっすぐ帰ったのか」

堂上への世間話とも独り言とも取れる柴崎の言葉に何気なく切り返してはたと自らの失言に気付く。

「いや何だ、その、今朝随分珍しい格好をしてたもんでな」

出掛ける予定でもあったのかと思ったんだと苦しい言い訳を連ねる堂上の心中を知ってか知らずか、柴崎は話に乗ってきた。

「あの服、今朝あたしが選んだんですよー。結構前に買った服の割に一回も着てないんです、勿体ないと思いません?」

買ってきた時の様子からてっきりデート用だと思ってたのに、何で着ないのかしら。もうシーズン終わっちゃうじゃない――

まだ柴崎の言葉は続いていたが、堂上の耳には半分も届いていなかった。

――そうか何か予定があってめかし込んでた訳じゃないのか。

「柴崎」
「はい?」

瞳に浮かんだ好奇の色は見なかった事にして、堂上は努めて平静な声で柴崎に予定変更を告げた。

「悪いが、今日は帰ると隊長に言っといてくれ」
「了解しました」

いつもと変わらず落ち着いた堂上の声に業務用のトーンで返事をし、柴崎は隊長室へ足を踏み入れた。
が、隊長室の扉が閉まるが否や慌ただしく席を立つ物音が聞こえてきて思わず口角が上がる。

「おう悪いな、何かおもしろいもんでもあったか」
「いえ、別に」

――全くどっちも世話が焼けること。

玄田が大いに喜びそうなネタではあるが今回は独り占めさせて貰うことにして、柴崎は堂上の伝言を簡潔に伝え、特殊部隊事務室を後にしたのだった。

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終わりです。
訓練服をこたつに入れときゃ良かったんじゃ……なんて事は柴崎なら当然気付いてる筈。