二人の初詣

*堂郁(危機後革命前)

二人の年越し〜三年目〜の続きっぽいものです。

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「結構な人出だな」
「ほんと混んでますね」

堂上に連れられて訪れた基地近くの神社は思いのほか人が多かった。
地元の人間のみが参詣するであろう小さな社と思われたその神社だったが、入口のささやかな佇まいに反し奥はそれなりに広いらしく参拝客でごった返している。
どうやらもうすぐ始まる御神酒の配布を目当てに更に人が集まっているようで、ぶつからずに歩くのが難しい。

「一旦寮に寄って荷物置いてきた方が良かったかも知らんな」
「すみません、あたし全部持ちますから」

バーゲン帰りに堂上に遭遇した流れで山ほどあった郁のショップバッグは半分堂上の肩に掛かっている。
それを引き取ろうと手を伸ばした郁の挙作は制されて、堂上は郁の荷物を抱えたまま本殿に足を向けさっさと歩き出した。

その後に郁も続こうとするが、戻ってくる人の方が多いらしく逆流する形では前に進む事も難しい。加えて肩の大荷物だ。ぶつかる人毎にすみませんすみませんと謝っているうちに堂上の姿は人混みに霞みかけてしまう。

敷地の限られた神社とはいえ、この人混みで勝手の分からない場所、はぐれてしまったらもう会えないかも知れない。

「教官、待って」

たまたま基地の最寄駅前で会って話ついでに寄ることになっただけだから、はぐれたら別々に基地に帰れば良い。道に迷う程の距離でもない。

そう思ってもここで離れてしまうのはやっぱり勿体なくて、郁は見失わないように堂上の背中を追った。
周りの喧噪で届かない声の代わりに袖口を掴んで引き止めようと試みるが、手を伸ばしても堂上の手元を掠めるばかりで後少しが届かない。

――ええいまどろっこしい!

思い切り腕を伸ばしてやっと捕らえたのは良かったが、振り返った堂上の表情を見て初めて手に触れる感触が布地ではない事に気付いた。

堂上の体温が冷えた郁の手にじんわりと移る。暖かい。
しかしその勢いを遥かに超えるスピードで顔が熱くなっていった。

「す、すいませんっ」

慌てて離そうとした郁の手は堂上の指に絡めとられ動かすことができなかった。ぐいと引っ張られてようやく郁は堂上の横へ再び並ぶ。

「ぶつかるからあまり立ち止まるな」

一言だけ言うと堂上は再び本殿の方向へ向き直ってそのまま郁の手を引き、再び歩き出す。
勢い余って間違えたのだが、客観的にはどう見ても郁から手を握った体である。気を遣って離さずにおいてくれたのだろうか。

「あの」
「石段あるから気を付けろ」

言葉少なにずんずんと進んでいく堂上に、そんなつもりじゃなかったんですとは結局言わせてもらえず、郁は手を引かれるまま後に続いた。



結局繋いだ手が離れたのは多少人がまばらになった石段、ではなく更にその上の本殿に到着してからだった。

「小銭出しとけよ」
「はい、えっと五円玉五円玉」
「そんなもん適当でいいだろうが」
「ダメですよ、はい五円」

硬貨を適当に掴み出し、すぐに財布をポケットにしまった堂上とは対照的に郁は財布の小銭入れをジャラジャラと探る。じきに目当ての硬貨を発見して十円玉一枚が乗った堂上の掌に一枚を置いた。

「十分御縁がありますように、です」
「ただの語呂合わせだろ、おいお前自分の分だけ多くないか」

苦笑しつつ堂上が視線を落とした郁の掌にはもう一枚の五円玉と十円玉が二枚。

「二重に御縁がありますように、です」

欲張りだなと笑って堂上が言葉を切ったのを合図に、二人は最後の人込みに突入した。

「一番前まで行くだろ?」
「はい!」



願い事は一つのようで二つ。

――少しでも堂上教官に近付けますように。
部下としてと、そして郁個人として。

本殿の最前列で手を合わせ、郁は心の中でそっと呟いた。
深々と礼をして顔を上げると傍らで既に終えていたらしき堂上に声をかける。

「お待たせしてすみません」
「いや、思ったより早かった。二重にとか言いながら幾つも願い事してそうだしな」

からかい口調で笑う堂上に、そんな事ありませんと反駁しつつ、願い事は終わってからあれもこれもと色々思い付くものである。

「でもあれも言っとけば良かったかな」
「とりあえず迂闊をマシにして貰うのを最優先に言っとけよ」
「それは教官がお願いしてくれたら良かったんじゃないですか」
「お前、俺の一年の願い事をお前の心配で使わせる気か」

周りに不審がられないよう小声でボソボソとやり合いながら、戻りは人の流れに乗って比較的すんなりと歩く事ができた。もう手を繋がなくてもはぐれる心配はない。
アクシデントの賜物を惜しむ気はあれど、再度同じ事をする勇気など郁にはない。

鳥居までの道程を半分程戻ったあたりで行き掛けに見た人だかりに再び行き当たる。人垣の隙間からわずかに見えるのは巫女装束の女性が数人、御神酒の配布だろう。

「どうする」
「あー、あたしお酒は辞めときます。ここで荷物持って待ってますから教官頂いてきて下さい」

郁が酒に弱いのは周知の事実、日本酒などとんでもないが酒に強い堂上なら平気だろう。自分の巻き添えで我慢させたくないとせっかくの縁起物だしと少々強めに勧めてみる。
少し逡巡していた堂上だったが、じゃあちょっと行ってくると肩の荷物を郁に渡して列に並ぶべく人の渦へと消えていった。

両肩いっぱいの荷物が行き交う人々の邪魔にならないよう、郁は参道の端へ寄って堂上を待つ。

人の密度が薄くなってほっとすると同時に寒さが染み入ってきた。冷える手を無意識にすり合わせていると先程の堂上の掌の暖かさが不意に蘇ってきた。

――教官、どう思ったかな。

不自然な流れだったが、はぐれそうになったので咄嗟に、と言えないこともない。
握り返してくれたのは郁に気を遣ったから?単にはぐれない為?それとも……
もし三つめだったら郁にも望みはあるのだろうか。先程の願い事のうち一つ、郁個人として堂上に近付ける――

――って個人的に近付くってなんだ!

「お前顔が赤いぞ、大丈夫か?」

必死で頭の中の乙女回路を断ち切ろうと一人脳内で苦戦してるところに堂上の心配そうな声が降ってきた。

「いやちょっと寒くて」
「寒いというより暑そうな顔だったがな」

熱はないかと顔を覗き込まれ郁は思わず目を逸らす。今目を合わせると顔が発火しそうで、視線をさ迷わせつつ何でもない体を取り繕っていると、堂上の両手が塞がっているのに気付いた。

片手には御神酒が入っているであろう枡、もう片方にはそれとは違う湯呑がそれぞれ納まっている。

「待たせたな」
「いえっ、大丈夫です」

ほれと堂上は湯呑の方を差し出し、郁が受け取ると入れ替わりにショップバッグを再び自身の肩へ掛けた。断る暇もなく、郁は礼を言って手元の湯呑に目を落とした。

ほんのり湯気が立ち上るそれを郁が覗き込むと、甘い香りと微かなアルコール臭がする。

「甘酒だ」

御神酒と一緒に配っていたという。堂上が枡に口を付け、郁も一口流し込む。

「おいしい」
「お子様にもって書いてたからお前でも飲めるだろ」

そう言って笑う間にも堂上は枡を幾度も傾けてゆく。郁ならすでに卒倒している頃合いだ。

「あたしはお子様レベルですかっ」
「俺からしたら十分お子様並だがな」

噛み付いてはみたものの、歴然たる差が事実ある以上反論の言葉はもう出ない。
黙ってぐいと湯呑を煽った郁に堂上は苦笑した。

「悪い、言い過ぎた」

火傷するからゆっくり飲めと言いおいて、堂上は自分の枡を干した。

参拝も終わって御神酒も貰った。後はすぐそこの基地へ帰るのみだ。
たまたま駅前で出会ったところから転がり込んだ堂上との初詣ももう終わる。

この時間を少しでも延ばそうと、郁は熱くて飲みにくい振りをしてちびちびと残りの甘酒を飲んだ。



「おい、あれって堂上じゃね?」
「本当だ、あいつ実家じゃなかったのか」
「隣にいるのって確かタスクフォースの」
「へえ、いつの間にそういう事になってんだ?」

たまたま通り掛かったのは堂上と同期の防衛部二人。
隊では色々な意味で名の知れた名物コンビのプライベートでの取り合わせに好奇心が隠せないようだ。

「にしてもすっげえ紙袋だな」
「女の買物なんざそんなもんだろ」
「女いない奴が何言ってやがる」
「うっせ」

初詣、買い物、実家訪問。

「ってことは――」
「――だな」

ほんの十数メートル傍でこんな会話が交わされて、尾鰭がついて広まることになるなどとは勿論二人は知る由もない。

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終わりです。