カミツレショコラ/後編

*堂郁(夫婦)(手柴夫婦・小毬恋人)手柴要素有ります

バレンタインから騒ぎ最終話。未読の方はからどうぞ。

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「篤さんあたしの話も聞いてよ!」

リビングを出ていった堂上を追いかけてあまり広くはない官舎を一周し結局リビングに戻ってきた郁だったが、依然堂上はむっつりと黙ったままで郁の再三の訴えにも全く耳を貸さなかった。

「俺と話なんかしてる暇があるならその三正のところへ行けばいいじゃないか」
「だからそれは」
「お前が行かないなら俺が席を外してやろうか」

そう言って堂上は帰宅してから椅子の背にかけっぱなしだったコートに手を伸ばす。堂上らしい上質なウールの生地に手が届く寸前、郁は横からコートを引ったくり両腕で抱き込んだ。

「郁、返せ」
「ちゃんと話聞いてくれるまで返さないから」

話さえさせてくれたらすぐに分かる事なのに、完全に誤解したまま堂上は一向に取り合わない。ならば実力行使とばかりに郁は胸のコートをぎゅっと抱きしめた。

「話すことなんかないだろう」
「あります」
「俺はないがな」

郁が何を言っても堂上は頑なに態度を変えようとしない。このままコートなしで二月の寒空の中、出ていってしまいそうな勢いだ。

――こうなったら本当の実力行使、組み伏せてでも止めるしかないかも。

特殊部隊切っての手練れである堂上相手に本気でかかっても勝算は少ない事は分かっているがが、決死覚悟の最終手段、多少の負傷は覚悟して郁が飛び掛かろうとした時、緊迫した空気には少々似合わない軽やかな電子音が響いた。来客らしい。
出るかどうか郁が迷っているとせわしなく二度三度とインターホンが鳴る。

「えっと、とりあえず出てきますね」

玄関に向かおうと郁は踵を返したが半回転しただけで大きな手に肩を掴まれ引き止められた。そのまま堂上は郁を押し退けてずかずかと玄関へ歩いていく。
横を通り過ぎた時に見た、来客を迎えるには凡そ似つかわしくない形相に感じた嫌な予感の通り、叩き割るようにドアを開けるな否や、堂上は相手を怒鳴りつけた。

「金輪際うちの郁とは関わらんで貰おう!」

相手に掴みかからんばかりのその様子に郁は慌てて止めようと玄関へ走る。が、意外にも堂上は黙ってその場に立ち尽くしてしまった。
いきなり訪れた静けさはかえって不気味さを醸し出す。



「同期同班でそれはちょっと難しいんじゃないですか?」

しばしの沈黙の後、気まずい静寂は聞き慣れたよく通る声によって破られた。
堂上の向こう側には上官の家を訪ねた途端、いきなり怒鳴りつけられた手塚が固まっている。その後ろから美しいロングヘアを揺らして声の主、柴崎がひょっこり顔を出し、先のセリフに付け加えた。

「ついでに同期かつ元同室のあたしも御容赦願いたいですねー」
「…………ああ」

拍子抜けしたのか毒気を抜かれたのか、堂上は喉の奥から絞り出すような声で一言、それに答えたのみだった。



「だから話聞いてって言ったのに篤さんぜんっぜん聞いてくれないんだもん」
「……悪かった」

手塚と柴崎が帰った後、堂上家のリビングでは郁が盛大にむくれていた。
メールの返事がないのを心配してわざわざ堂上家まで訪れてくれた手塚夫婦が事の次第を説明してくれ、難なく誤解は解けた。

しかし誤解が解けたからと言って郁の機嫌が自動的に治るはずもなく、先程までとは状況一変、堂上が郁を追いかけ謝り倒している、という訳である。

家中をくまなく逃げ回り、いつまでもうろうろしていてもしょうがないかと郁はリビングのソファに腰を下ろす。抗議の意味を込めてドカッと乱暴に座ると堂上は反対の端に静かに座った。

「すまん、郁」
「……間違えたのはあたしのせいですけど、だからって何でいきなり浮気してる事になっちゃうんですか!?」

今にも湯気が立つかという勢いで郁がまくし立てると、すまんと重ねてから堂上は申し訳なさそうに切り出した。

「それは、柴崎の家に行くと聞いていたのにヤツは仕事だというから……まさか手塚に頼んで本当に柴崎の家に行ってるとは思わなくてだな」

サプライズがバレないようにと考えた計画が完全に裏目に出た結果だ。行き違いとはいえ、堂上を喜ばせたかった事が誤解させる原因になったと知って郁の怒りは急激にしぼんでいく。

「あたしも……黙っててごめんなさい、驚かせたかったし、小牧教官相手じゃ生半可な事ならすぐバレちゃうと思って」
「いやお前は悪くない、確かにあいつは一筋縄でいかんからな」

小牧の掌で転がされるのは堂上の方が見に覚えがありすぎるのだろう、郁の言葉に苦笑いをして同意した。

「お前の判断は間違ってない、俺が勝手に思い込んだのがそもそもの原因だ」

続く言葉はやっぱり俺が悪い、に違いない。郁の頭からは先程までの怒りなどどこかへ吹き飛んでしまった。

「でもあたしが」
「いや俺が」
「「悪かったから」」

示し合わせたかのごとくぴったりと合ったタイミングに顔を見合わせ二人揃って思わず噴き出した。

「本当に悪かった、何でも言うこと一つ聞く。二つ、いや三つ聞く」

ひとしきり笑い終えてから堂上が膝に手を付いて頭を下げた。
何でも言うこと聞く、と言うのは仲直りの時の決まり事のようなものだが、いつもは一つ言う事聞く、である。大盤振舞いはもうこれで仲違いは終わりにしようという堂上なりのサインなのだろう。

「じゃあちゃんと隣に座って下さい。それと今度から怒る時は最後まで聞いてから怒って下さい」

これで二つですと言うと、堂上は意外そうな顔と不満げな顔を足して二で割ったような顔で郁を見た。
大方そんなのでいいのか、とでも言いたいのだろう。

「聞いてくれるんでしょ?」

堂上の胸中の疑問に答える代わりに郁が念を押すと、少し躊躇う様子を見せてから堂上はソファの端から郁の隣に場所を移した。
ほんの数刻の間だったはずだが、こうして近くに座るのは何だか久しぶりな気がする。郁よりも少しだけ低い目線から眉間に皺寄せて郁を見上げ、堂上が口を開いた。

「郁、本当に」

次に続く言葉は分かり切っている。郁はその先は言わせないよう、膝の上に置かれたままの堂上の手に自分の手を重ねた。

「もういいです」

唇を寄せて触れるだけの軽い口付けを落とし一言だけ呟く。
顔を直視するのが何だか恥ずかしかったので、向き合わずにそのまま堂上の肩に頭を預けた。

「もう一つはすっごいお願い考えときますから」

覚悟しといて下さいと笑って見せるとようやく眉間が緩み、覚悟しとくと堂上も笑った。

重なったままだった堂上の手が郁の手の下でくるりと反転し、指が絡められたと同時に反対側の腕が郁の肩を抱き寄せる。先程の郁からしたのとは違う長いキスの後、抱きしめられた肩越しからいつもの堂上の優しい声が聞こえた。

「郁」
「はい」
「仕切直しさせてくれないか」

お前が嫌気さしてなかったら、だがと低い声が控えめに郁の耳元を掠める。
事の発端となったバレンタインのプレゼントの事だろう。

「あたしもしたいです、仕切直し」

脇に回した腕にきゅっと力を込めてそう返答してから郁は身体を堂上から離した。

メインの箱は騒動の間中リビングのテーブルの上に置きっ放しだったので、食卓に置いてある手塚が交換に持ってきてくれた小箱を取りに立ち上がる。
自分の迂闊も手伝ったとはいえ、まさか食卓の角にちょこんと置かれたこの小さな箱がこんな騒動を引き起こすとは思っても見なかった。

中身を見る為一度ほどかれたのを柴崎が結んだのだろう、リボンは郁が昼間結んだ時よりも綺麗に形作られている。少し申し訳なくも思うが、郁はそれを一旦ほどいて再び自分の手で結び直した。

――今度こそ、喜んで貰えますように。

そっと手の中に収めて郁は夫の待つリビングへ引き返した。

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終わりです。