カミツレショコラ〜お返し編〜/後編

*堂郁(夫婦)(手柴夫婦・小毬恋人)

未読の方はカミツレショコラお返し編前編からどうぞ。


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いきなり家主に怒鳴り付けられた相手は相当驚いた顔で何も言い返せない様子だったが、それ以上に堂上の方が驚いていた。



「同期同班でそれはちょっと難しいんじゃないですか?」

驚いて硬直状態だった手塚の傍らから顔を出した柴崎の言葉には一言返すのが精一杯の堂上だったが、同時に全てが誤解であった事も理解していた。



――郁と付き合いのある三正と聞いて、即座に手塚が思い浮かばなかったのが今思い返せば不思議だ。それほど俺は平常心を欠いていたんだな。

だだっ広いデパートのフロアのあちこちに設えられたベンチに座り、堂上は苦々しい気持ちでバレンタインを振り返っていた。その後夫妻で事の次第を説明してくれたのを、半分上の空で聞いていたことも合わせて自嘲した。
周りには女性陣の買い物に付き合わされたらしき男達が所在なさげに座っている。

結局手塚夫妻が持って来てくれた一正の階級章入り小箱ともう一つの箱を開けさせて貰えたのは、むくれる郁に散々誤り倒して何でも言うこと三つ聞くといつもの三倍の条件を張り込んだ後になったのだった。
もう一つの箱の中身はケーキで、こちらは特大の階級章、ちゃんとカミツレは一正の数になっている。先にこちらを開ければこんな騒動にはならなかった訳だ。

郁の『何でも言うこと』の三つめのは一、二番目と同様他愛がないものだった。次の公休日を一緒に過ごすこと。もう怒ってはいないという郁からのサインなのだろう。



ひとしきり回想を終えた所で堂上がふと顔を上げると前方に一つの店が目に入った。女性向けの店構えではあるがスッキリとシンプルなデザインの店である。どうやらジュエリーショップのようだ。
郁はまだ戻ってこない。先程の店でもあれやこれやと悩んでいるのだろう。リサーチがてら堂上はその店を覗いてみることにした。

ジュエリーと言えば男から女への贈物の定番中の定番だろうが、堂上から郁にそれを贈ったことは結婚前も結婚後も余りない。職務中に付けられないからというのが主な理由だ。堂上としては気にするようなことではないと思うのだが、せっかくだからいつも身につけるものという考えは郁らしく愛しい。

店の中は外観同様煌びやかなものではなかったので、堂上としてはまだ居心地悪いものではなかった。
指輪からブレスレット、ピアスにネックレス、様々な商品が並ぶショーケースの一角に見慣れないコーナーがあった。チェーンのみのシンプルなブレスレットが何種類か、これ自体はこのテの装飾品に疎い堂上にもわかるが、その隣に小さなペンダントトップのようなモチーフを象ったシルバー製のものがたくさん並べてある。

ハートやクローバー、アルファベットなど女性向けアクセサリーに有りがちなものから楽器、動物、唐辛子や拳銃、王冠など意外なものまである。
そのうちの一つ、本のような形のものに堂上は目をとめた。開いた形状のものとその隣には閉じた形の本がある。

「そちらはお好きなチャームを選んで御自身だけのデザインのブレスレットを作って頂けるんですよ」

足を止めた堂上が気に入ったと勘違いしたのか、店員が愛想良く声を掛けてきた。
チャームというらしき小さなパーツを改めてよく見ると、金具が付いている。これでブレスレットにセットするということか。

「当店では色々な種類のチャームを取り揃えておりまして、これだけの数から選んでいただけるお店は他にはないですよ。特に女性に人気のチャームはこの辺りですね、ハートやクローバー、お花も人気がありますよ」

店員の口上はまだ続いている。人気のチャームとやらを集めた一角には、花をモチーフにしたものだけでも相当な数が並ぶ。バラ、百合、ひまわり、蓮などなど。

「これは?」

そのコーナーの隅、“人気のチャーム”からははみ出しかけた場所にある一つの花を指し、堂上は店員に訊ねた。

「ええと、それは……カモミール、ですね。ハーブとして知られてますけどその花をモチーフにしていて……」

あまり聞かれる事がないらしく店員は説明書きを見ながら堂上に答えてくれたが名前以外の説明は堂上には不要だった。

――カモミール、すなわちカミツレ。

図書隊にとって、そして堂上と郁にとってその花の意味など一つしかない。

堂上の腹は決まったも同然だったが郁の意向も聞かねばなるまい。申し訳ない気もするが、一生懸命に商品のアピールを続ける店員の話を遮った。

「すいません、連れと来ているので後でまた来ます」
「あぁそうなんですかー、是非お待ちしてますね」

快く見送ってくれた店員の表情が心なしか残念そうに見えたのは堂上の台詞が体の良い断り文句として使われているからだろう。だが、当然断り文句としてその台詞を発したつもりはなかった。きっと郁も気に入るに違いないと確証めいたものもあった。

ジュエリーショップを出て辺りを見回すと、先程向かっていった方角から郁が歩いてくるのが見えた。堂上が片手を上げて合図を送ると、郁は気付いた途端何故かつまづいたような仕草を見せた。

「お前、うっかり走りかけただろう」
「う、つい……」

その後は何事もなかったかのように堂上の所まで歩いてきた郁に突っ込みを入れると図星だったらしく郁は言葉を濁す。こんな所で走るなとの苦言とは裏腹に、うっかりと言えど自分の元へ駆け寄ってくる郁に口元は緩んだ。
ベッドカバーは初めの店で購入したらしい。柔らかなオレンジ色を郁が袋からちらりと見せる。

「そこの店で気になるものを見付けたんだが寄ってかないか」

郁が予定していた買物はこれで終了のはずだ。先のジュエリーショップを堂上が指し示すと郁は少し不思議そうな顔をした。

「いいですよ、篤さんがアクセサリー?」
「俺じゃない、お前のだ」
「え、あたしの?」

堂上が自分のものを見るのだと思ったらしい。アクセサリーなどほとんど着けることがないから不思議がられて当然だが、郁へのプレゼントという選択肢が全く出て来ない所が郁らしい。

「もうすぐホワイトデーだろうが」
「あ、そうでしたね。でも……」
「たまに着けるくらいでも構わないじゃないか、それにたまの外出に着けてくれて一緒に出掛けるってのも嬉しいもんだ」

郁の台詞は予測がついたので先回りして言葉を封じると、郁は顔を綻ばせた。

「ありがとう」
「まだ何もプレゼントしてないんだが」
「……その気持ちが嬉しいの」

そう言って微笑む郁はとても可愛らしいが、ここで幕を引かれては堂上としてはいささか立つ瀬がない。

「まぁなんだ、それじゃ俺も立場がないから、一応見るだけでも見てみないか」

そう言って郁と店に入ると先程の店員が一層愛想良く出迎えてくれた。

まずは色々見てみろと目的のブレスレットコーナーと反対側から店内を一周する。あっこれ可愛い、こっちもいいなーと楽しそうにガラスケースの中を見て廻っていた郁が、端の例のコーナーで足を止め一際目を輝かせた。

「篤さん、コレ……」
「ああカミツレ、カモミールだそうだ」
「こっちは本ですね」
「閉じた形もあるみたいだな」

短く交わした言葉でもお互いの言わんとする所は伝わった。店員は“人気でない”チャームにこだわる客に少し戸惑っているようだったが、カミツレと本、この二つが意味するものを知らないのだから仕方ない。

「俺はこれがいいんじゃないかと思うんだが」
「あたしも、でもいいんですか」
「ちゃんと小遣い貰ってんだから気にすんな」

郁にそう笑って、店員に郁に合う細さのブレスレットを見繕って貰った。付けるチャームは勿論カミツレ一つと閉じた本。



「早く着けてみたいです」

店を出てすぐ郁は堂上に囁いた。店員の勧めでカミツレと本に二人のイニシャルのチャームを加えた。それでも店に並んでいたサンプルよりずっとシンプルなブレスレットだったがそんな事は二人にとっては問題ではない。

「デリ買って帰るか」

この時間ならデパ地下の食料品も値引されているだろう。たまの贅沢だ。

「え、このあと篤さんの服見るって」
「それはいつでもいい」

戦利品をいっぱい提げた郁の手から日用雑貨の詰まった紙袋を引き取り堂上は反対側の手で空いた手を取った。

「俺も早く帰りたいしな」

上階のメンズフロアへは向かわず、下りエスカレーターの方へ足を向けると郁はありがとうと一言だけ呟いて堂上に手を引かれるまま方向転換した。

「ここのデパ地下久しぶり、篤さん何食べたい?」
「そうだな、中華なんかどうだ?」

エスカレーターで降りながら早速夕食の算段に入る。一段下に立っている郁は堂上との身長差が逆転している。色気とは無縁の会話だというのに上目遣いで笑う郁はひどく魅力的で、公衆の面前ということを忘れてしまいそうだ。このまま手を強く引いて抱きしめたい衝動を押さえ、堂上は自身の手を郁の手首に滑らせ捕らえた細い指をしっかりと握った。

華奢な郁の手首にシンプルなシルバーブレスレットは良く似合うだろう。

――帰ったら取り敢えず抱きしめようか、いや、キスが先だな。

それよりブレスレットを着けてやるのが最優先だということには官舎に帰り着いて郁に指摘されるまで気付かない堂上なのだった。

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終わりです。