カミツレショコラ〜お返し編〜/前編

*堂郁(夫婦)(手柴夫婦・小毬恋人)

カミツレショコラの堂上教官視点+ホワイトデー話です。
結婚後の呼称は、夫婦間→名前呼び、他→旧姓呼び、三人称→郁としています。

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春一番も吹いた三月の中ほど、堂上は妻と連れ立って街中へ買物に繰り出していた。
このところ業務が忙しかった事もあって公休日は家でゆっくり過ごしており、二人で出かけるのは久しぶりである。

春物の服や雑貨を見て、ファブリックも春らしくしようか、と浮かれる郁を堂上は隣で微笑ましく眺める。

「うーん、もうちょっと淡い色がいいかなぁ、さっきの店のベッドカバーのが良かったかも」
「お前さっきはカラフルな方がいいって言ってただろ」
「そうなんだけど、実際見てみるとイメージ違うって事あるじゃない」

女の買物は長い。長い上にあれを見てこれを見てさらにさっき見たものをもう一度、と堂々巡りだ。必要なものを行きつけの店で買うだけの堂上からすれば非効率的この上ない。

「迷ってる過程も楽しいもんなんだから一緒に回ってやるだけでいいんだよ」とは小牧の言だが、理屈では理解しても苦手感は拭えない。苦手と言うより手持ち無沙汰で困るといったところか。

今日は一日郁の希望を優先すると決めてきたが、これでは一番の目的に費やす時間が取れるかどうか怪しいものだ。目的、すなわちバレンタインデーに郁から貰ったプレゼントのお返し、である。

何が欲しいか考えておけとは前から言ってあるが、こういう時に素直にねだってくるタイプでもないので、堂上は買物の際、それとなくアタリを付ける事にしていた。

「もう一回さっきのも見てこようかな」
「引き返すか?」
「ううん、ちょっと行ってくるから篤さん待っててくれる?」
「別に構わん、その辺フラフラしてるからゆっくりしてこい」

フットワーク良く去っていった郁の後ろ姿を眺め、長くなるであろう一日を覚悟した堂上の脳裏を同じく長かったバレンタインの出来事が過ぎった。



バレンタイン、正確にはその前日だったが、コトの興りは手塚家に行くから半日ほど家を空けると郁に告げられたことに遡る。

柴崎が同期の手塚と結婚してから郁は飯だの茶だのと手塚家に遊びに行く事が多かった。上官である堂上がいる家よりも同期の方が気も使わないのだろうし、新婚もとうに過ぎた時分に妻との休日を取られて拗ねる程子供でもない。

いつもの事だと二つ返事で了承し、当日堂上は一人で出掛ける事にした。
雑事を幾つか済ませ、気まぐれに駅前辺りをブラブラして帰りに図書館を通り掛かる。あまり私用で勤務先に赴く事はない。どうしても業務や警備の事が気になってしまうし、そこそこの役付である堂上にうろつかれては館員も同様に落ち着かないだろうからだ。

正面門をくぐって館内には入らずガラス張りの壁面沿いに奥へ抜ける。官舎へ近道をするつもりだった。何の気無しに館内へ目をやると立ち並ぶ書架の奥の方できびきびと作業をする館員が視界の端に入る。無駄のない動きだ。
さらさらと揺れるロングヘアにふと見覚えがある気がして堂上は足を止めた。

――ヤツは今日公休日じゃなかったのか?

その姿は郁が会いに行っている筈の柴崎、その人物だった。新人研修の頃からの長い付き合いに加え特殊部隊必須の優れた動体視力、間違える筈がない。

柴崎は出勤、次に頭に浮かんだのは至極当然の疑問だった。

――郁はどこに行っているんだ?

柴崎と会っていない以上、どこかで他の誰かと会っているのだろう、それも堂上に嘘をついて。
郁が堂上に嘘を付くということ自体信じ難いが、事実今こうして柴崎は郁とは一緒ではないのだ。

しばらく考えてみても一向に答えは出ず、堂上は覚束ない足取りで官舎の階段を上がった。


「篤さんお帰りなさいすっごいいいタイミング!ごはんできたとこだから」

チャイムを鳴らすと郁は既に家に戻っており、至って普通通りに出迎えてくれた。むしろいつもより上機嫌である。
元来隠し事のできない郁だ、単なる自分の思い過ごしなのかもしれない。何か理由があったのだろう、柴崎が急出勤に変わったとか。

『今思えば彼女が浮気した時、いつもより機嫌良いっつうかテンション高かった気がしたんだよな』

不意に以前聞いた隊員の言葉が堂上の頭に浮かぶ。

――いやそんなまさか、郁に限って。

脳内で否定はしても一旦浮かんだ不安は中々拭えない。せめぎ合う思考と闘いながら堂上は上の空で郁が用意してくれた食事を終えた。

「片付けはやっとくからくつろいでこい」

食事の支度をしなかった方が後片付けはする。共働きの約束、と言う程ではないが何となく習慣となっている。

「ちょっと待って、その前に」

腰を上げかけた堂上にそう言って、郁は冷蔵庫から何かを取り出して食卓の上に置いた。
五センチ角の小箱と二十センチ角の大きめの箱、どちらもブラウンの箱に淡い寒色系のリボンでラッピングされている。

「本当は明日だけど、せっかくだから早く渡したくて」

明日は2月14日、ということはこれはバレンタインのプレゼントということか。
味は大丈夫だと思うんですけど、と俯き加減で笑う郁は新婚当初、いや付き合いたての頃から変わらぬ初々しさだ。

「まあお前もひところに比べると随分手際良くなったしな」

釣られて赤くなりかけたのをごまかそうとつい軽口を叩いてしまった事を少し後悔する。気の利いた事が言えない自分も付き合いたての頃から変わらない。
むくれた郁に短い謝罪の言葉をかけてから、先ず小箱の方を手に取った。ブルーのリボンをするりとほどく。
蓋に手をかけたところで郁の携帯がメールの受信を告げた。間の悪い事ではあるが、緊急連絡である可能性もなくはない。とりあえず確認しろと郁に言って、堂上は蓋を開けた。

中には半透明のセロファン紙に包まれた図書隊の階級章がひとつ鎮座ましましていた。と言っても材質はチョコレートだが、丁寧に階級章の紋様が描き込まれている。ただひとつ、決定的な違和感があるが。

――カミツレ……一つ!?

三つではなくカミツレ一つだけが描かれたそれが一正の階級章ではないことはすぐに分かったが、その意味するところに堂上が辿り着くのにはもう少しばかり時間を要した。

「俺は三正に降格した覚えはないんだがな、郁」

一気に頭に血が上った。しかし発した声は自分でも驚く程冷ややかだった。
郁が隠し事ができないタイプだとかそもそもそんな事をする人物ではないとかそんな事は一切吹き飛んでしまった。

郁が自分以外の誰かの為にバレンタインのチョコレートを用意してそいつと公休日を過ごしたという事に堪えられなかった。

話を聞いてと言う郁を無視して堂上はリビングを出た。これ以上口を開けば爆発してしまいそうだった。何より郁を失うのが怖かった。
堂上の後を追って郁も出てきたが、何も言わず何も聞かず家じゅうを逃げるように歩き回った。実のところ逃げていたのだろう。話し合えば判ることかも知れない。しかし、最も聞きたくない事を聞く羽目になるかも知れない。

「俺と話なんかしてる暇があればその三正のところへ行けばいいじゃないか」
「だからそれは」
「お前が出て行かないなら俺が席を外してやろうか」

吐いた言葉の冷たさに自分でも驚いた。やはりここは一旦頭を冷やすべきだろうと、帰宅時に置きっぱなしだったコートに手を伸ばすが、すんでのところで横から郁に引ったくられた。

「郁、返せ」
「ちゃんと話聞いてくれるまで返さないから」

そう言って郁は細い身体で抱き込むようにしっかりと堂上のコートをかかえる。

「話すことなんかないだろう」
「あります」
「俺はないがな」

コートは諦めてそのまま外へ出るか。その方が頭もより冷えるだろう。臨戦態勢の郁に背を向けようとした時、玄関の呼び鈴がなった。

――誰だ、こんな時間に。

とても暢気に来客を出迎える状況ではなかったが、急かすように二度三度と鳴る。居留守を使っても帰る相手ではないだろう。

「えっと、とりあえず出てきますね」

堂上の顔と玄関とを何度か窺っていた郁が言った時にピンときた、扉をを挟んだ向こう側にいるのは三正チョコレートの本当の贈り先であると。

玄関に向かいかけていた郁を押し退けて廊下に出る。叩き割る勢いで扉を開け、相手の顔も見ずに堂上は怒鳴った。

「金輪際うちの郁とは関わらんで貰おう!」

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続きます。→後編