ジュエル、確保

*堂郁(夫婦)

夫婦設定でジュエルボックス再来ネタです。

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「やっぱりやったか……」

席を外したのはほんの数分の筈だが堂上が戻ってきた時、居間に妻の姿はなかった。ささやかな楽しみである夕食後の晩酌のグラス類が虚しく残されるのみである。

テーブルに置かれたビール缶はさっき開けたばかりだ。気が抜ける前にと堂上はさっさと踵を返し、あまり広くはない官舎の部屋を一つずつ見て回る。寝室、キッチン、和室の押し入れも開けてみたが、そこにも郁はいなかった。

「となると残りはあそこだな」

やれやれと言うように小さくため息をついて堂上が向かった先は、余った部屋に物が溜り納戸状態になっている所で、程なく雑多に置かれた物の隙間に埋まるように床に転がって寝ている郁を見つける事になる。
叩き起こすかどうか暫し考えたのち、結局起こさない様にゆっくりと郁を引っ張り出した。寝入る間に冷えたのだろう、傍らの衣装ケースから出した堂上のシャツを引っ被っている郁を抱きかかえながら、それでもクローゼットの中で埃被ってるよりはマシかも知れんなどと考える自分自身に堂上は苦笑した。
人間、慣れというものは恐ろしい。


入隊以来酒の席で寝落ちした郁を連れ帰ること数多、夫婦となってからもその慣例が崩れることはなかった。帰る場所が同じになった分、堂上の手間が幾らか省けた程度で、相変わらず飲み会の度に郁は飲まされ、寝落ちし、堂上に押し付けられる。そして家での晩酌でもたまに例の現象が起きるのだった。


無事に郁を寝室に送り届け、堂上が少々ぬるくなったビールを飲み終えた頃、居間の扉が申し訳なさそうにゆっくりと開き、同じく申し訳なさそうに郁が顔を覗かせた。

「……篤さん、あたしまたやった?」
「ああ、まただな」

ごめんなさいと郁はしょぼくれるが、堂上ははなからたいして怒ってはいない。隊の飲み会でどこに隠れても貸切りの部屋を出ることはない様に、晩酌中に姿を消す時も自宅を出ることはない。捜索範囲が多少広がるだけだ。

「そのまま寝ときゃ良かったのに」
「目が覚めちゃって。喉渇いたし」

気にすんなと毎回言っていても気が引けるもんらしい。
冷蔵庫を開けた郁にビールの追加をリクエストするとあっさりと通った。いつもなら小言の一つや二つはくっついてくる。

堂上に缶を手渡し向かいに座ろうとした郁を手招きして隣に座らせる。プルタブを引いてから片手を郁の腰に回し冷えたビールを煽った。

必ず家のどこかにいるとはわかっていても、もぬけの空の居間を見る度一瞬肝が冷える。隊の飲み会で散々味わってきた居心地悪さとはまた違った感触だ。
あの頃は無防備な姿で眠る郁を他の男ども、例えそれが気心知れた特殊部隊隊員で郁をそういう対象と見ていないと分かっていても、それでも見せたくないという感情があった事は認めざるを得ないだろう。それも晴れて郁と恋人になるはるか前から、下手すれば初めて郁の世話を押し付けられた飲み会の時から。

「あの……篤さん?」

気付かないうちに郁を抱き寄せる手に力が入っていたらしい。回した腕を緩めスマンと謝る。

「痛かったか」
「いえ、そうじゃないんだけど」

小言でそう言って顔を背けた郁の表情は堂上には判らないがこちら側の耳朶とそれに繋がる頬のラインがほんのり赤い。
堂上は今度は自らの意志を以って可愛らしい妻を抱き締め、赤くなった耳元に口を寄せた。

「次やったら強攻策執行だって言ったよな」
「うっ、……はい」



「で、その強攻策って結局何だったの」
「え、それはえーっと……」

昼休みの食堂で郁に話の続きを促す柴崎の口調は、そんなもんが存在するのならこっちが知りたかったと言わんばかりだ。
郁を持ち帰れる者などいない女子同士の飲みでは必然的に酒量をセーブさせられていたが、ザル同然の柴崎からすれば郁の限界などミクロの差に等しく、匙加減にはそれなりに心を砕いてくれていたのかも知れない。

だからと言って、対する郁が口ごもったのは決してそれを申し訳なく思ったからではない。

「ねぇそのペースじゃ昼休み終わっちゃうんだけど」
「う、うん……そうだよね」

急かす柴崎とは対照的に郁はもごもごと言葉を濁しながら時間が早く過ぎないかと切に願っていた。



グラスの氷がカランと立てた音に郁は危うく失いかけた意識を取り戻す。もう少しで眠りこけるところだった。

――寝るならここじゃダメだ。

イマイチはっきりしない頭で腰を浮かせると数センチのところで何かに阻まれた。疑問に思いながら何度か立ち上がろうとしても郁の腰から下はがっちりと固定されている。
ウエストに回されたものを振りほどこうと手を掛けた瞬間、逆にぎゅっと抱き締められ耳元で堂上の声がした。

「おいどこ行くんだ」

少し不機嫌そうな声と同時にカランと再び氷がグラスを鳴らす。濁った水中から浮上するようにゆっくりと頭の中が晴れ、郁は自分の置かれた状況を思い出した。

あれから自宅で飲む時は胡座をかく堂上の脚の間に座り、腰には堂上の片腕が常に回されている状態がデフォルトになった。つまり堂上の脚と腕でがっちり固められた態である。

――これが強攻策、だなんて言えるわけないよねぇ。

昼間柴崎につっこまれた時はごまかし続け、何とか時間切れで逃げ切った。何処にも行かないよう常に抱き締められてるなんて言える訳がない。堂上が席を外す時は更に言えない事になる。

「眠かったらそのまま寝ていいぞ、それとも布団行くか?」
「でもまだ途中……」

堂上に返した自分の言葉を確かめるように顔を上げると、テーブルの向こう側のテレビにはアクション映画が映し出されている。郁の覚えよりは大分進んでいるようだが、まだ佳境といった雰囲気ではない。DVDを借りる時に希望したのは郁だったが、途中組織の構成やら政治的背景やらやたらと長い説明が差し挟まれ、それは郁には充分な催眠効果があったらしい。

「明日続きから見ればいいだろ」

頭の上に堂上の手が優しく乗る。その重みに委ねるように郁は堂上の身体に自分の背を預けた。

「いいから寝とけ」
「はい……」

頭から離れた堂上の腕が再び郁の腰に回され優しく郁を包み込む。
身体全体に伝わる温かさにゆっくりと意識が飲み込まれ、蕩けるように郁は眠りへと引き込まれていった。

「寝るんなら俺の腕の中だけにしといてくれ」

少し困ったような堂上の声が聞こえた気がしたが、現実なのか既に夢を見始めていたのか郁にはもう判別できなかった。

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終わりです。