願い事秘めて綴りき姫遠し

*堂郁(内乱くらい)
ラブ薄め、ギャグです。



しゃらしゃらと涼しげな音を立てて郁が閉館後の閲覧室に戻ると、作業中の堂上班になぜか玄田が加わっていた。

「お、笠原熊からパンダに宗旨替えか」
「誰がパンダですか、そもそも熊でもありませんーっ」

涼しげな音の正体は郁が抱えた大量の笹で、七夕にちなんだ企画コーナーの傍らに笹と短冊を設置し利用者に好きに書いて貰うという恒例行事の為のものである。

「どっちかっつうと熊殺す側だしな」
「手塚あんた今なんつった!?」
「いいから二人とも仕事しろ」

的確な手塚の指摘に郁がかみついたところで、苦々しげな堂上の声が二人を止めた。玄田が数に入っていないのは単なる冷やかしに来ただけなのが分かり切っているから、叱り飛ばす口調でないのは初代熊殺しとしてお鉢が回ってくると困るからだろう。

諌められた二人が大人しく作業に戻り四人で取りかかると後は速かった。あっという間に設置は終わり引き揚げようとした堂上班を玄田が引き留める。

「お前らコレ1枚ずつ書いてけ」
「それは利用者の為のもんでしょうが」

玄田がピラピラと振って示したのは先ほど設置し終えたばかりの短冊で当然これは利用者向けのものである。

「裸の笹だとどうも手が出しづらいらしくてな、毎年書くのはガキどもばかりだろ」
「閲覧室でガキとか言わないで下さい」

堂上の苦言をあっさり無視した玄田には誰かが先にやらないと気が引ける心理など到底理解しがたいものだろうが、言っていることは事実である。イベント事に食いつくのは大抵子供で、子供の短冊ばかりが下げられた笹に大人は余計参加しづらくなる。
企画コーナーで取り上げる本は子供向けばかりではなく、伝承記や民族風習、歴史ものなど大人向けも多い。大人の利用者に敷居を高く感じさせない為に効果がある、と言えなくもないだろう。

「まあ要はサクラだ、サクラ」
「人聞きの悪い単語を閲覧室で持ち出さないで下さい」

身も蓋も無い台詞でばっさり言った玄田に堂上が渋い顔をするが、全く堪えていないのはいつもの事だ。ノルマ一人一枚な、と返事は聞かず玄田は堂上班にごり押しをして去っていった。

「教官、どうします?」
「とりあえず適当に書いとけ」

完全に諦めた口調の堂上にそう言われ、郁は短冊一枚とペンを取ってそこらの椅子に腰を下ろす。
適当にと言われてもすぐには思い付かない。予定外に降ってきた頭を使う仕事に唸る郁の横を短冊片手に手塚がすり抜けていった。

「ねえ手塚何て書いたの」
「適当だ、見るなバカ」

さっさと書き終えたらしき手塚に問うもにべもなく断られ郁は唇を尖らせる。

「いいじゃんちょっとくらい」
「断る」

食い下がる郁を一蹴し、手塚は長身を利用して郁の届かない笹の上部に短冊をくくり付けた。備品を片付けてくるとさっさと閲覧室を出て行かれては勝手に見るわけにもいかず、再び白紙の短冊に向き直ると再び笹擦れの音が聞こえる。

「あのー、小牧教官は何て」
「内容は言えないけど毬江ちゃん関連かな」

駄目元で聞いてみると一部は教えてくれたものの、恋人絡みの願い事という郁には全く参考にならない答えが返ってくる。

――恋人どころか気になる人すらいないっつうの。

チリリと胸を掠めた何かを考える間もなく三度目に郁が机に向かうと向かいに座る郁待ちの堂上と目が合った。
脳内と現実の像が重なって一際心臓が跳ねる。

――いやいやいや威圧的な鬼教官に睨まれてドキッとしただけだから、別の意味で心臓に悪いだけだから!

「他人の分を気にしてる暇があったらさっさと書け」
「だって急に願い事書けとか言われても」
「人並みに事務仕事ができるようになりますように、でいいだろ、それにしろ」

サクラまがいの願い事と言えど、つい悩んでしまう郁に堂上は呆れ声だ。人より事務仕事が覚束ないのは確かだが、そんな情けない願い事を素直に受け入れるのも郁としては業腹である。

「せっかくの願い事を仕事絡みで使っちゃうなんてイヤですー」
「たかが七夕の短冊にガキか、そもそも七夕は手習いの上達なんかを祈願したのが発祥だ、方向性としてはそっちのが正しい」

そう切り返してから先程玄田を諌めた単語を自ら口にした事に気付いたらしく堂上は顔をしかめる。

「今はそんな縛りないんだからいいじゃないですか。あ、じゃあ堂上教官がもっと優しくなりますようにって書きますー」

ここぞとばかりに郁は精一杯の当てこすりをぶつけた、つもりが倍になって返ってきた。

「お前のトリ頭がせめて人間並みになりますように、の方が手っ取り早いがな」

俺だけでなく周り全員が救われるしお前も物忘れが無くなるし一石三鳥だぞ、と容赦ない追い撃ちも付いている。悔しいのでもっとキツイ嫌味込めた願い事を書いてやる、と本来の目的から大いに逸れた方向に郁が暴走し始めたところへ特殊部隊の先輩隊員がやってきた。

「おい、堂上班だけで面白いことやってんじゃねえよ」

俺らも混ぜろ、と空いた椅子にどっかと腰掛けると堂上の眉間に皺が寄った。

「面白くもありません、隊長に押し付けられただけです。だいたいあんたら全員が書いたら利用者の分がなくなるでしょうが」
「カタイ事言うなよ、俺らの分はまとめて書くからよ」

渋る堂上に一枚だけ、と言い置き先輩隊員は紙入れから短冊を引ったくった。返事を聞かないのは玄田ゆずりだ。堂上も諦めたようで郁に視線を戻し「お前も早く書け」と急かす。

「まあこんなもんだろ」
「なるべく目立たない所に付けてさっさと仕事に戻って貰えませんかね」
「わーかってるって」

地声のでかい先輩とうんざり声の堂上とのやり取りを耳の端で聞きつつ郁は短冊を書き上げた。結局「もっと仕事が出来るようになりますように」と堂上に言われた事から耳に痛いところを微妙にぼかした妥協案だ。
最後に名前を書き、郁が顔を上げると眼前をひらがなばかりの悪筆で綴られた短冊が翻った。

「誰だよこんな高いところに付けた奴ァ、一番上に付けるのはウチだ、おい小牧手伝え!」
「それは手塚のです、それより笹折らないで下さいよ」

無理矢理笹をしならせようとする先輩隊員を小牧が制する様が視界の端に映るが、それよりも今しがた目にした五文字のひらがなに郁の意識は奪われていた。



お、う、じ、さ、ま。



「ちょっと待てェェェーーーッ!!」
「何だ笠原、邪魔すんなよ」
「邪魔すんなじゃねえ!なんつー事書いてんだあんたッ」

その単語の示すところが郁の脳みそに辿り着く間に短冊の紐は既に結ばれつつある。先輩隊員に飛び掛かろうとした郁を慌てて小牧が制した。

「笠原さん落ち着いて」
「小牧教官まで!何で先輩の味方すんですかッ」
「味方とかじゃなくて壊されちゃ補修が面倒だからね」

小牧が郁を止めに回った事で今まで押さえられていた笹が支えをなくし、反動で上方に引っ張られる。短冊は一瞬ピンと張った後、先輩隊員の手からはるか上方へと舞い上がっていった。


『かさはらさんがおうじさまときょうどこかにてであいますよおに』


特殊部隊隊員にとって視力は不可欠、動体視力は言わずもがなだ。近くにいた郁、小牧は当然、止め時かと腰を上げた堂上にもその文章は読み取れたらしく、ガタンと椅子が大きく鳴った。


『笠原さんが王子様と今日どこかにて出会いますように』


「七夕らしく夢があるだろ?自分の願い事より人の幸せってのが俺ららしいよ、な……?」

郁に睨まれるよりも後方の堂上の尋常でない雰囲気に気圧されたのか限りなく嘘臭い台詞の語尾も弱々しく、先輩隊員はそそくさと閲覧室を出ていった。その姿が見えなくなってから堂上は苛立ちを隠さず大きくため息をつく。

「何が夢だあの連中、備品をしょうもない事に使いやがって、おい回収するぞ」
「回収って堂上、どうやって?」
「どうやってってさっきみたいにだな」
「あームリムリ、さっき先輩がかなり無理したからね、次曲げるとヤバいんじゃない」

件の短冊を天辺に抱く笹に手を掛けた堂上だったが、小牧の言葉に渋い顔をした。展示物を駄目にする訳にはいかない。

「仕方ない、手塚が戻るまで待つか」
「うーん、まあそれしかないかなあ」

小牧の同意は微妙な言い回しだったが、ここにいる3人では身長が足りない。唯一手が届くであろう手塚は備品を片付けに行ったきりだ。

「手塚が戻ったら回収するぞ、それまでに使ったもん片しとけ」

あんな恥ずかしい文章を見られるのは一人でも少ない方がいいがとりあえず仕様がない、と郁は企画コーナー周りの掃除を始めた。合間にちらりと堂上を見やるとこれも不承不承と行った様子で机上の用具類を片付けている。王子様絡みの事だと殊更関わりたがらない堂上が短冊の回収に協力的なのは少し意外だった。
視線を感じたのか、堂上は郁の方は見ずそっけなく告げた。

「言っとくがあんなもんを利用者の目に晒す訳にいかんからな、隊の沽券に関わる」
「そんなことだろうと思いましたっ」

口調同様荒っぽくなった郁の手つきに一言苦言を呈し自分の作業に戻った堂上に小牧が小さく呟いた。

「ホントどういうつもりなんだろね、あの人達」

返事をする前に小牧はそのまま傍らを通り過ぎていったが、ただの愚痴にしか聞こえないその言葉が堂上には妙に引っ掛かった。

いつもの先輩のたちの悪いイタズラだとしか思っていなかったが、わざわざ閲覧室まで出張って小さな嫌がらせひとつというのも不自然だ。余り思い返さないようにしていた短冊の文章自体もどこか違和感がある。
ひらがなだけの文章、誤字は子供が書いた風に見せる為だとしても、「今日」「どこかにて」など意味を為さない言葉が不必要に入っている。特殊部隊全員で一枚、ということは考えたくないが隊全体で仕組んだ計画なのだろう。

ふと「きょう」の付く「王子様」に関係する単語に思い当ったのは偶然か奇跡か、そこから謎の文章はするするとほぐれ再び綴られていった。


『かさはらにあまいさどおにきょうかんがおうじさまてことですよ』


――アナグラムか。

ひらがなの順序を並び替えて浮かび上がったのは目を疑う一文。


『笠原に甘いサド鬼教官が王子様て事ですよ』


「今すぐそのふざけた紙切れを回収するぞ!」
「え、でも手塚が戻らないと」
「戻るまで待ってられるか!」

いきなり前言を翻した堂上に郁は困惑した顔を見せた。待ってられないのではなく、手塚には見せられないのだとは到底言えない。

恐らく郁は短冊に秘められたもうひとつの文には気付かない。アナグラムであることすら気付かないだろう。一見郁をからかう為の文章はフェイクで、いやそれはそれで面白がっているのだろうが、本命は裏の文章に気付く堂上の方を踊らせる事なのだろう。

先程の態度からして小牧は既に気付いている。が、元々知っている事だからまあいいとする。この事を未だ知らず知られては困る、尚且つアナグラムを解く可能性のある人間、もうすぐここに戻ってくるであろう他ならぬ手塚である。

「待てないもなにも、手塚ならもう戻ってくるでしょ」

全て判っているくせに協力する気を微塵も感じさせない小牧は既に堂上を弄る側に回ったようだ。見てろよ、と思うものの小牧に謀で一矢報いた事などない。

「とにかく今すぐ回収だ、笠原協力しろ」
「は、はいッ」

只ならぬ迫力に圧倒されるように郁は姿勢を正し堂上に従った。



「……何かあったんですか」

程なく戻ってきた手塚が目にしたのは班長と同期が肩車をして七夕の笹と何やら格闘する姿だった。

「俺が」
「要らん、来るな手塚!」

何をしているのかは判らないが上背のある自分の方が役立つだろうと近寄ろうとするも、一歩踏み出すより前に堂上の断りが飛んだ。手助けの辞退と言うより拒絶に近い言葉に戸惑いを隠せない。

「まあまあそっちは任せて俺達は片付けでもしようか」

小牧に促され片付けに回った手塚だったが、黙々と作業するばかりで状況の説明などあるわけもなく、ひたすら混乱が増してゆくばかりなのであった。



終わりです。