一周年記念日/後編

*堂郁(革命後)
未読の方は前編からどうぞ。



堂上に連れられて入ったレストランは郁が見る限りいつもよりちょっと高級そうだった。予約もしていたようである。
――これってやっぱり特別だって思っていいんだよね?
デートの時は小洒落た店に連れて行ってくれるのはいつもだが、今いる店はそれ以上であるのは郁でも判る。
それはすなわち堂上も今日という日を特別だと思ってるということだろうか。
堂上に今日の予定を聞かれた時に聞けば良かったのに聞けなかった。タイミングを逃してしまうと余計聞けない。

柴崎ならその辺りの機微は簡単に判るのだろうか。そもそも今の状況に陥ることすらないに違いない。

「どうした、郁」
うっかり思考が飛んでいたようで、手が止まった郁を堂上が向かい側から覗き込んでいる。「体調でも悪いのか」と心配そうだ。
「いえっ、何でもありません」
郁は慌てて否定して皿の料理に目を落とした。

今は目の前の食事をを楽しむ事にする。迷いながら食べてはせっかくの御馳走が勿体ない。堂上の真意は気になるが、上の空で食事をするなど堂上にも店にも失礼だ。

再びおいしそうに料理を口に運び始めた郁を見て堂上は目を細めた。感想など聞かなくても一口ごとに表情に出る。
食べる様子は見ているこちらの方が気持ち良い程だ。

――喜んでるコイツがいる、それだけでいいんじゃないのか。
たまのデートにちょっと奮発したと思えばいい。わざわざ地雷かも知れない話題を持ち出して空気が悪くなったら本末転倒だ。記念日の事は自身の胸の内にしまって置けば良いのではないか、
胸のうちでそう結論付け、堂上はこの話題を封印する事を決めた。コースはすでにデザートを残すのみとなっている。

最後の料理の皿が下げられて一息付いたちょうど良い頃合いにデザートが運ばれてきた。
事前に確認していたコース料理のものとは違うようである。小さめのホールケーキだ。二人とも高級レストランに縁深い方ではないが、よくあるコース付きのデザートには見えない。
それよりむしろ……

「記念日と伺いましたので当店からのサービスでございます」

堂上がしまったと思うと同時に郁の目が丸くなった。完全に失念していた。
そういえばと予約の際にさりげなく聞かれ記念日なのだというやり取りをしたのを思い出す。店側の粋な計らいなのだろうが今回に限り、ありがたくない方に転がるかも知れない。
店員に礼を言い、振り返ると堂上と同じく微妙な顔をした郁と目が合った。

「あの」
「いいから先に食え」

口を開きかけた郁を制して堂上は自身のフォークに手を伸ばす。
ケーキは上品な甘さだったが途中でギブアップした堂上の分を含め、四分の三は郁が平らげた。



店を出てすぐ自分の分を払うと郁が申し出たのを堂上はいつものように説き伏せた。記念日だから、という言葉は使わなかった。
思わぬ所からその話題が出てしまったが、それを郁がどう思ったかはまだわからない。

しばらく並んで歩く内におもむろに郁が口を開いた。
「嬉しかったです、さっきの」
「なら良かった、俺も聞いてなかったんだがな」

郁の口調は純粋に喜んでいるようで、ひとまず堂上はほっとする。

「教官が記念日覚えてくれてたってことだけで嬉しいです、あんまり思い出したくないかも知れないですけど」
続く郁の思わぬ台詞に足が止まる。それではまるで堂上が記念日の話を嫌がったのような言い種である。

「ちょっと待て、俺は別に気にしてないが。むしろ触れられたくないのはお前じゃなかったのか」
「え、あたしは教官が嫌なんじゃないかと」
予想外の言葉に堂上が問いただすと郁は驚いた顔でそう返した。その後に「だってあたし色々やらかしちゃったし」と小さな声が聞こえてくる。

郁の両肩に手を置き、堂上は大きくため息をついた。脱力感が一気にに押し寄せる。
どうやら二人して同じ誤解に搦め捕られていたようだ。
華奢な肩をそのまま引き、耳元に口を寄せた。

「俺は一年前のこの日を嫌だとか触れられたくないだとかはこれっぽっちも思ってない。あの日々があるから今の俺達がいるんだろ」
「そうだったんですか……あたしてっきり」
「俺もお前が嫌なんじゃないかと穿ってたからまあ、お互い様だな」

勘違いして空回りしていたのは郁も同じだ。はいと呟くと一瞬だけ強く抱きしめられた。
大通りではないが人影が全くない訳でもない。すぐ離れてしまうのは名残惜しいが仕方ない。

「そうと分かってればご飯食べる前に言っとけば良かったあー」
「別にメシの味が変わるわけじゃないだろうに」
誤解が解けて打って変わって声の明るくなった郁に堂上も笑ってやり返す。
「そうですけど、いやとっても美味しかったんですけど」
一周年記念のゴハンだーって噛み締めて味わいたかったんだもの。

続けて小さく呟いた台詞は多分口に出した自覚なしだろう。

「もう一回行くか?」
「えぇっ、いやもう入りませんッ」
「アホウ、さっきのコースは俺も無理だ」

冗談めかしてそう言い、堂上は郁の手を取って歩き出した。

「軽く飲みにでも行くか」
お前は二杯までな、と釘を刺す堂上に郁はすぐ答えを返さずその後ろ姿を見つめていた。
それよりも行きたい所がある、とか言ったらどう思われるだろう。

「それとも」
郁の方は振り返らず堂上がぽつりと言った。一呼吸置いて繋いだ手が引かれる。
囁かれたのは先の接続詞には繋がらない別の質問だった。

「外泊、出してきてるな?」
その意味が分かるほどには郁も大人になったが、こういうお誘いに適した返答など皆目検討も付かない。
「……出してます」
その一言に加えて堂上の手を握り返すのが精一杯だった。



終わりです。