月が綺麗ですね

*堂郁(恋人期)、短いです。



ふと歩く速度を緩めた郁に堂上は何も言わず歩調を合わせてくれた。もう少しすれば「どうした」と聞いてくるだろう、よく通る優しい声で。

定石ならもうそろそろ手を離すタイミングだ。基地の通用門、守衛が見える頃どちらからともなく繋いだ手は離れていく。
基地内で郁が堂上と交際しているのは周知ではあるが、顔なじみの守衛の前を手を繋いだまま堂々と通るのは何となく気恥ずかしい。

デートの帰り道、決まった駅から歩いて基地に近付く決まった道程、この辺りで郁はふと寂しく名残惜しい気持ちになる。
たまにしかデートできない訳ではない、公休日が来る度に、いや公休前でなくとも郁と堂上は出掛け、また楽しい時を過ごす。それは分かっている。それどころかうっかりすると寮の玄関別れた後、風呂場、共用ロビー、など何度も顔を合わせる事だってザラだ。
それでも毎回、胸の奥に小さな重りが溜まって郁の足は少しだけ重くなるのだ。

しかし今日はなぜか心より先に足が反応した。それからいつもの場所に程近い事に気付いたのだ。

――あぁ、そっか。

いつもより地面が近い。探るように視線を向けた足元がよく見える。少々の暗闇でも動ける訓練は受けているが、明るい方が動きやすいことに変わりはないし、訓練を受けている分状況の変化には敏感だ。

「月が綺麗ですね」

そう言って郁が見上げた先には煌々と道を照らす満月が輝いていた。確か今晩あたり一番綺麗に見えるとテレビで言っていた気がする。
いつもより明るい視界が刻々と基地に近付いている事を郁の無意識へ告げたのだろう。
真円に光る月は目を見張るほど美しいのに、こんな切ない気持ちを呼び起こすなんて何だか皮肉だ。

「どうせならお月見、すればよかったですね」
目線を戻して目が合った堂上からはすぐに言葉が返ってこなかった。中秋の名月から月見、単純すぎる発想ではあるが何もおかしなことは言っていないはずだ。



郁の問い掛けに堂上がすぐ返せなかったのは日ごろ迂闊ばかりの恋人兼部下が発した意外に風雅な台詞に驚いたからではない。

――分かって言ってる、訳無いか。

おそらく郁は含みを持たせたつもりなど毛頭ないだろう。含みとなるであろうエピソードを知っているかも怪しい。
いくつかの年号を巻き戻したその昔、一人の文豪に纏わる真偽も定かではない一つのその逸話。
郁の性格からして知っていたら到底そんな台詞は吐けないだろう。

「そうだな」

――相手に伝わらないと分かっていても言えない俺はもっとか。
ただ同じ台詞を返すことも出来ず、堂上は戸惑う郁に短く返答する。そのまま郁の手を引いて来た道を引き返した。
まだ門限までは少しある。

「きょ、教官?どこ行くんですか」
「お前が月見の話するから団子食いたくなった」
「何ですかソレ!?人のせいにしないで下さい」
「うるさい、コンビニ行くぞ」

――あれ、団子って堂上教官からしたら苦手なものの範疇じゃないの?
あんこが入ってなきゃオッケーなのか、手を引かれながらそんな事を考えるうちに郁の視界からどんどん基地は遠ざかっていった。

結局コンビニにはみたらし団子しか置いておらず、その大部分を郁が、堂上はついでのはずのビールをという分担で、月の話題が一切出ないという風変わりな月見が行われるのだった。



終わりです。→おまけ